脚本 命を消す命
○1
石川(私は、命を消す命として生まれた。今日も私は命を消す)
病室
心電図の定期的に脈打つ音
石川「何か最期にかける言葉は?」
父親「優子……君がいてくれた十年間、本当に楽しかった。恥ずかしくて言えなかったが、お父さん、ちゃんと言うよ。……生まれてきてくれて、本当にありがとう」
石川「よろしいですか?」
父親「……はい。お願いします」
数歩歩く足音
心電図の音が近くなり、大きくなる
スイッチを押す
ゆっくりと心電図の脈打つスピードが遅くなり、やがて心臓が止まる
石川「患者さまの死亡を確認いたしました。それでは、失礼します」
歩き出す石川
父親「石川さん!」
歩みを止める
父親「本当に、ありがとうございました」
少しの間の後、歩き出す石川
病室の扉を開け、閉じる(リバーブ)
安藤「石川くん。どうだね。調子は」
石川「問題ありません、安藤医師」
安藤「そうか。問題なくこなせて何よりだ。しかし君はロボットらしくないな」
石川「いえ。私はロボットです。電力を主電源としていますから」
安藤「そうか。まあいい。今日の仕事はもう一件ある。患者は事前にリヴィングウィルを示している。延命措置はいらないそうだ」
石川「そうですか」
共に歩き出す
石川(そう。私は安楽死だけを行う、安楽死専用のロボットだ)
安藤「そういえば、君が作られたきっかけというのをあまり話していなかったな」
石川「きっかけですか?」
安藤「うん。安楽死という問題は実は百年以上前から議論がなされている。君は『高瀬舟』という小説は知っているかな?」
石川「いえ、知りません」
安藤「まあそうだろうな。いつか機会があったら読んでみるといい。病弱な弟が兄に、生きているのが辛いから殺してくれとせがみ、殺してしまう。一九一六年に森鴎外が書いた短編小説だ。百年前の人が安楽死をテーマにして小説を書いているのだが、逆に言えば百年経った今でも問題になると言うことは、そう大して人間は成長していないのかもな」
石川「そうですね」
安藤「では。君が作られた理由は分かるか?」
石川「私は父に作られました。それ以上は知りません」
安藤「父。山本さんだな。優秀なロボット技師だ。理由を知らないのなら教えてあげよう」
石川「はい。お願いします」
安藤「うむ。我が国の政府のお偉いさんは昨今急激に起こっている安楽死問題についてこういう答えを出した。安楽死を人間が行うと倫理的問題が生じる。ならば人間ではないものにさせよう。例えばロボット。お偉いさんはロボット技師の山本さんにお役目を与えたわけだ。そして君を作った。君のアイデンティティもね」
石川「はい。私は人を楽にするのが仕事です。私のアイデンティティはスイッチを切ることです」
安藤「ふむ。かわいそうだな、君も。死者に対して何も感じないなんて」
石川「そうですか?」
安藤「まあいい。次の患者はこの部屋だ。入ってくれ」
病室のドアを開ける
患者の元に向かうと、とたんに動きが止まる石川
安藤「患者の名前は山本卓。三五歳。職業はロボット技師だな」
石川「あ、ああ、あ……」
安藤「山本さんは進行の早い癌患者だ。幾度と手術を行ってきたが末期になった。もはや手遅れだ。身よりの人はいない。だから最期を看取るのは私たちだけだな」
石川「どうして……もっと早く教えてくれてたなら……」
安藤「リヴィングウィルも示されている。延命措置はいらない。安楽死させてくれと。さあ石川くん、準備してくれ」
いろんな音が左右から鳴り響く
石川(私のことを一番分かっているのに。私のことを一番愛してくれていたのに。私の為に生きている人を、私は、楽にするのか――?)
安藤「どうした石川くん。いつもみたいに。落ち着いて」
石川(私の恩人。私の創造主。私の制作者。私の父親。私の――)
安藤「どうしたんだ、いったい。早くしないか。何か言いたいことでもあるのか?」
四方八方から石川の声がする
石川(私は、私は、私は、私は、私は、私は――)
声、音共に、消え去る
石川「私は、この人の命を消せません」
アイディアがひらめく効果音
バグったような声になる
石川「私は、私は、私は、何も出来ません。私のアイデンティティは崩れました。私はスイッチを切ることが出来ません。私はこんなことしたくないです。私はこんなことをする為に生まれてきたのではありません。私は。だけど私は――」
突然走り出す石川
病室のドアが勢いよく開く
安藤「おい! どこへ行く!」
廊下を走る
階段を駆け上がる
重い鉄のドアを開ける
外だと分かる効果音(ヘリコプター・街宣車・車の走行音・鳥の鳴き声)
石川(私はロボットです。人間とは違います。でも父は、私を人間にさせてくれました。だから。私はせめて人間らしく最期を迎えたいのです)
風の音
金網をよじ登る
石川「何か最期にかける言葉は? ――私は、命を消す命として生まれた。私の命は、私が消します」
階段を駆け上がる音が遠くから聞こえる
オフマイクで安藤の声
安藤「おい、やめろ!」
地面に鉄がたたきつけられた衝撃音
○2
病室
ドアが開く
ベッドに近づいていく足音
山本「どうでしたか?」
安藤「(ため息)死んだよ。彼女は。身を投げた」
山本「そうでしたか」
安藤「全く残念だ。私が作ったロボットに人間の命を与えてしまった気はなかったのだがな」
山本「そうですね、安藤医師」
安藤「君をちゃんと親だと理解はしていたが……まあいい。ところで。君には人間の心はないよな。山本卓さん」
山本「そうですね、安藤医師」
安藤「ちゃんと作り直さないとな。安楽死を行うロボットが親と認識している人ぐらい殺せなきゃ意味がないだろう。いや、人じゃないか。君はよくやってくれたよ。まさかロボット制作者がロボットだなんて思わないだろうからな」