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ウンディーネは暗夜に咽ぶ  作者: 咲佐きさ


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第六話

 ぼくをおふろにいれてくれたおじさまはいま、シャワーを浴びてる。

 いっしょに入ってくれてもいいのに、いつもぼくを洗うときのおじさまは服をきたまんまで、腕まくりして、ぼくがお湯をはねとばして濡れてもかまわないみたいなカオをしてる。

 ひとりでシャワーを浴びるのは、ぼくからはなれて、ゆっくりしたいからなんだろうな。

 おじさまのおうちにはぼくのほかに、子供はいない。子供といっしょにすごすのは、あまり慣れていないのかもしれない。

 ちょっぴりさびしいような気がしなくもないけど、ぼくはおじさまの時間をたいせつにしてあげる。おじさまといっしょにすごすようになって、ぼくは、ひとのことも考えられるようになったんだ。

 ――おじさまのおうちはとっても広くて、博物館みたい。

 おじさまの書斎? に座って、たいくつまぎれにごそごそ机を漁っていたぼくは、そこで、見つけたんだ。

 小さな箱に入った、きれいな指輪を。

 それはおじさまが肌身離さず薬指に身に着けているものと、とてもよく似ていた。


「ねえクロード、おじさまって、結婚しているの?」

「ええ? どうしたんだいルーネ君、いきなり…」

「だって、だれも教えてくれないんだもの。どうなの?」

「うーん。なんて言ったらいいのかなあ…」

 キッチンでぐつぐつ煮込み料理をつくってくれてるクロードに、ぼくは尋ねる。クロードは困ったように目をあちこちにやっていたけど、ぼくがぜんぜん折れそうにないのを見て、ひとつ、あきらめたようなため息を吐いた。

「どうしてそんなふうに思ったの? ルーネ君は」

「だって、おじさまのおへやにね、指輪があったんだ。おじさまがしてるのとそっくりの」

「…ああ、それを見つけちゃったのかあ…」

「だれかにあげたものなんじゃあないの? おじさまは、そのひとを待ってるの?」

「…そうだねえ、そうとも言えるかもしれない」

「どういうこと?」

「セディー君には、大切なひとがいるんだ。今はちょっと、遠くに行っちゃってるんだけど…」

「…そのひとは、もどってこないの?」

「うーん、いつかは戻ってくるかもしれないけど…」

「…そうなんだ、」

 おじさまには大切なひとがいる。初めて聞いた。おじさまはそういうはなし、ぼくにはしてくれないから。

 してくれてもいいのに。いっぱいいろんなこと、話してほしいのに。

 おじさまの大切なひとは、どんなひとなんだろう。いつになったら帰ってくるのかな。

 ――そのひとが帰ってきたら、ぼくのいばしょは、なくなっちゃうのかな。

 さびしいような気がするけど、なーんだ、やっぱり、って、きもちのほうが大きい。

 おじさまはぼくにとても優しくしてくれるけど、優しすぎて、なんというか、こわい。

 おじさまがこわいんじゃなくて、おじさまがいなくなったらどうしたらいいんだろ、って、思うのがこわい。

 おじさまだって、父さんや母さんや姉さんや、…おにいちゃんみたいに、いつか絶対、いなくなるのに。


「おじさまの好きなひと、どんなひとなの?」

 あまり食欲のないぼくはクロードのつくってくれたディナーがじょうずに食べられない。ぎこぎこ、ぶあついステーキを切り分けるだけ切り分けて、口に入れることもできないままつんつんする。お行儀が悪いって父さんなら叱るとこだけど、おじさまはぽかんとぼくを見るだけで何も言わない。

 ぼくは頬を膨らませておじさまを睨む。なんだかむしょうに、むしゃくしゃする。

「教えてくれてもいいじゃないか。おじさまの好きなひとのこと!」

「…誰かに、何か聞いたのか」

「だれでもないよ、おじさまのおへやで、見つけたんだ。指輪…だれかにあげたものなんでしょう」

「…ああ、」

「遠くに行っちゃったんでしょう。それなのに、いつまでも待ってるの?」

「…うん、」

「おじさま、ぼくとおんなじだね。でももう帰ってこないんじゃない? 父さんも母さんも姉さんも、おにいちゃんも、ちっとも帰ってきてくれないし」

 むしゃくしゃして、ぼくはおじさまにイジワルを言う。どこかが痛いみたいなカオしたおじさまに、胸がどんどんくるしくなる。おじさまのこんなカオ、あまり見たことがない。…映画のなかでは観た、かな。すきなひとのことを思って、つらそうにしている時のおじさまだ。ぼくのほうを見ながら、ぼくじゃない、どこか遠いところを同時に見ているようなおじさまの目が、おにいちゃんと同じ、とろりとした美味しそうな飴色の目が、ぼくをますますおいつめる。

「棄てちゃいなよ、そんなもの。ぼくがいるでしょ、ぼくが、ずっと、おじさまといるから、」

「ルー、…」

「ぼくじゃだめなの、そのひとじゃないとだめなの? ぼくのこと、大切にしてくれるんじゃなかったの。ぼくのことが、一番なんじゃ、なかったの?」

「…お前が一番だよ、ルー、私にはお前がいればいい」

「――」

 おじさまが、泣いてるみたいなカオで笑う。イジワルばっかり言うぼくに、可愛くない、ダメダメの、ワガママなぼくにおじさまは微笑みかける。

 その言葉はたぶんうそなんだろうけど、最低なぼくはそれで、安心するんだ。




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