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錆びた祈り  作者: Se-34gu-0
錆びた祈り
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【錆びた祈り:第四幕・鏡の中の亡霊】


地下数百メートル、電磁波すら遮断された「内閣審議室別館」の最深部。


そこには、巨大な円筒形の水槽に満たされた、淡く発光する「記憶の結晶」が鎮座していた。


九条はその結晶を見た瞬間、肺の空気をすべて引き抜かれたような衝撃に襲われた。


結晶の形は、あの時「飢餓体」に喰わせたはずの記憶の輪郭をなぞっていたからです。


「……これ、九条さんの……」


遥の手が、共鳴を通じて震えています。結晶から漏れ出す微かな波動は、九条が失ったはずの、誰かを守ろうとした「熱」そのものでした。


『蓮さん……待って、これ……おかしい。アクセスできない……いや、アクセス「されている」?』


事務所から遠隔支援していたサキの声が、激しいノイズと共に上ずります。


「サキ? どうした、通信を安定させろ!」


『違うの、蓮さん! この施設のメインサーバー……私の思考ルーチンと、完全に同じ波形なの。……私の、私の「肉体」が、ここにある……!』


女の役人が、冷酷な笑みを浮かべてモニターを指差しました。


そこには、無数の管に繋がれ、生命維持装置の中で眠り続ける、サキと同じ顔をした女性の姿が映し出されていました。


「……九条さん、驚くことはありません。事務員の『サキ』は、我々がこの個体の脳から抽出した意識を、貴方の元へ送り込んだ『観測用プログラム』に過ぎないのです」


九条の目の前が真っ暗になりました。


長年、唯一の相棒として信頼してきたサキは、政府が九条を監視するために作り上げた「生体パーツの残響」だったのです。


「そして、その水槽にある結晶……。貴方が捨てた記憶を、我々が回収し、濃縮しました。これは『管理者』を誘い出すための、最高の『撒き餌』となります」


役人の言葉が終わるか否か。


結晶がパキンと音を立ててひび割れ、そこから銀色の糸が溢れ出しました。


「……サキ、プログラムだろうが偽物だろうが、俺を支えてきたのはあんたの声だ。黙って見てろ、今、全部ひっくるめて連れ戻してやる!」


九条は「錆丸」を抜き放ち、記憶の結晶を保護する強化ガラスへと叩きつけました。蒼い閃光が地下施設を震わせ、警報が鳴り響きます。


「正気ですか、九条! それは国家の――」


役人が銃を構えるより早く、結晶のひび割れから銀色の糸が噴出し、少年の甲高い笑い声がスピーカーをジャックしました。


『あはは! 最高だね、蓮! 偽物の相棒を助けるために、本物の過去を壊すのかい? 矛盾だらけの人間は、本当に見ていて飽きないよ!』


少年の影が、結晶の光の中にホログラムのように浮かび上がります。彼は楽しげに指を鳴らし、サキの「本体」が眠る水槽の生命維持装置に、銀の糸を絡みつかせました。


「おっと、動かないで。この糸を引けば、君の『事務員さん』のオリジナルの脳は、一瞬でマッシュポテトになっちゃうよ?」


「……てめぇ、どこまで人を舐め腐りやがる……!」


九条の怒りに呼応し、隣に立つ遥の「銀の刻印」が、これまでにないほど激しく発火しました。


「九条さん、私……わかります。あの少年の糸、私たちの『共鳴』でなら断ち切れる! サキさんの心も、九条さんの記憶も、誰にも渡さない!」


「……プログラム? 観測用? ふざけないで。私は、蓮さんの相棒の『サキ』よ!」


地下施設中のスピーカーから、割れんばかりの絶叫が響き渡りました。それはプログラムの電子音ではなく、一人の女性としての、剥き出しの「意地」でした。


監視モニターが次々と砕け散り、ハッキングの嵐が施設全域を襲います。


「……蓮さん、今です! セキュリティ・プロトコルを完全に逆転させました。私の『本体』を繋いでいる生命維持装置、強制解放します!」


『あはは! 面白いね。道具が意志を持つなんて、計算外だよ!』


少年の銀の糸がサキの本体に食い込もうとした瞬間、施設内の自動防衛システムであるガトリング砲が、主人である役人たちではなく、少年のホログラムへと一斉射撃を開始しました。


「――瀬戸、いけ! サキを、あの水槽から引きずり出せ!」


九条は「錆丸」を抜き放ち、記憶の結晶を覆う強化ガラスを粉砕しました。溢れ出した九条の「過去」——温かい記憶、苦い後悔、誰かを守りたかった願い——が、濁流となって九条の右腕の銀色に輝く刻印へと吸い込まれていきます。


「ぐっ……、あ、あああああ!!」


頭が割れるような激痛。失ったはずの名前、顔、声が、強引に脳髄へと書き戻されていく。九条は、自分がなぜ退魔師になったのか、そしてサキの「オリジナル」と以前どこで会っていたのか、その残酷な真実さえも、すべて思い出してしまいました。


その隣で、遥は少年の銀の糸を素手で掴み、純白の浄化の光で焼き切っていました。


「サキさん、今助けます! あなたは、私たちの家族なんだから!」


遥が水槽のハッチをこじ開けると、無数の管から解放された「サキの本体」が、彼女の腕の中に崩れ落ちた。


「……蓮、さん……。やっと、会えた……」


眠っていたはずの本体のサキが、微かに、けれどはっきりと目を開け、九条を見つめました。


「ああ、待たせたな。……サキ。全部、連れて帰るぞ」


九条は、自らの内に戻った「重すぎる記憶」と、救い出した「相棒の肉体」を抱え、崩壊を始めた施設を後にしました。背後では、少年が不気味に笑いながら、瓦礫の中に消えていくのが見えた。


ああ、待たせたな。……サキ。

全部、連れて帰る

九条はその細い肩を抱き寄せ、自らの熱を分け与えるように強く抱きしめた。


崩落する天井から灰が降り注ぎ、非常警報が鳴り響く地下施設。


かつて「記憶」を切り捨て、独りで錆びていこうとした男の腕には今、取り戻したサキの温もりと、自分を信じて光を灯し続ける遥の呼吸があった。


「……蓮、さん。……私の声、ちゃんと届いてた……?」


サキの本体が、震える指先で九条の頬に触れる。プログラムとしての「サキ」が演算し続けてきた何万時間もの孤独が、その一言に凝縮されていた。


「ああ、嫌ってほどな。……サキ、お前がいたから俺は今日まで立っていられたんだ。これからは、声だけじゃねえ。……全部、俺たちが背負ってやる」


九条の言葉に、遥が力強く頷き、二人の銀の刻印が共鳴して脱出路を切り裂く白銀の波動を放った。


背後で、あの「白いスーツの少年」が、崩れる瓦礫に埋もれながら愉快そうに手を振っているのが見えた。


『あはは! 素晴らしいよ、蓮! 過去も、未来も、相棒も、全部抱えて……その重みで、いつまで歩けるか見せてよ!』



数日後。

政府の追っ手を逃れ、彼らが辿り着いたのは、皮肉にもかつて異形を退治した新宿の地下、忘れ去られた廃駅だった。

そこをサキのハッキング技術で「見えない要塞」へと作り替え、彼らの新しいサバイバルが始まる。


九条の脳内に戻った記憶。それは、彼が退魔師として歩み始めた本当の理由——。


かつて彼が守れなかった、「実の弟」の変わり果てた姿こそが、あの「白いスーツの少年」であったという残酷な真実だった。


「……あいつは、俺が異界へ突き落としたんだ。……今度は、俺の手で連れ戻さなきゃならねぇ」


九条は、錆びついた刀を再び研ぎ澄ます。


横には、リハビリを始めたサキと、自らの力を制御し始めた遥。


「一人じゃないですよ、九条さん。……私たち、三人で一蓮托生いちれんたくしょうなんですから」


遥が差し出した手を、九条は今度は迷わず握り返した。


世界の剥離


ついに、少年の「遊び」は箱庭を飛び出し、現実そのものを食らい始めた。


空が、ひび割れた鏡のように剥がれ落ちていく。


その裂け目から覗くのは星空ではなく、脈動する巨大な臓器のような異界の深淵。


新宿のビル群は折れ曲がり、コンクリートの隙間から銀色の糸が噴き出して、逃げ惑う人々を次々と「標本」へと変えていきました。


『……蓮さん、世界が……物理法則が書き換えられています。東京全域が、あの少年の「胃袋」の中に堕ちようとしている……!』


地下の廃駅。肉体を取り戻したサキが、多数のモニターを空中に投影しながら叫びます。彼女の意識は今、現実のネットワークと異界の波形を同時に演算する「高次元の観測者」へと進化していた。


「……あいつ、俺を誘ってやがる。……家族の再会を、この街全部を道連れにして祝う気か」


九条蓮は、白銀に輝く「錆丸」を腰に差し、煤けたトレンチコートを翻しました。右腕の銀色の刻印が、空の亀裂と共鳴して激しく脈動している。


「九条さん、準備はできています。……私の光、全部使ってください」


隣に立つ遥の瞳には、かつての怯えは無い。


彼女の全身からは、異界の侵食を押し戻すほどの純白の浄化光が溢れ出し、即席の聖域を作り出した。


「サキ、演算を頼む。瀬戸、俺の視界を支えろ。……一発、あいつの横面を引っぱたいて連れ戻してやる」


三人は、崩壊する新宿の中心部――東京都庁が歪んで巨大な「玉座」と化した場所へと踏み出した。

【最終決戦:虚空の玉座】

玉座に座る白いスーツの少年は、降り注ぐ絶望の雨の中で、無邪気に足をぶらつかせていました。

「あはは! 来てくれたんだね、お兄ちゃん! 見てよ、この世界。僕たちが昔、積み木で作った『お城』にそっくりじゃない?」


「……拓海たくみ。……もう、積み木遊びの時間は終わりだ。母さんも、父さんも、こんなのは望んじゃいねぇ」


九条が少年の名を呼んだ瞬間、少年の笑顔が凍りつきました。


「……黙れよ、人殺し。僕を暗い穴に突き落としたのは、その手じゃないか」


少年の背後から、数万本の銀の糸が、巨大な翼のように展開されました。その一本一本が、東京中の人々の「命」と繋がっており、一振りで街が消滅するほどの圧力を放っている・・・。


「拓海、もう一人で積み木を崩すのはやめろ。……俺たちの『記憶』を、全部お前にやる」


九条の声に呼応し、サキの演算が極限を超え、遥の浄化の光が奔流となって九条の「錆丸」へと収束しました。三人の意識が完全に混ざり合い、境界線が消失します。


九条は、迫り来る数万本の銀の糸を真っ向から突き抜けた。刃が触れるたび、そこにあるのは殺意ではなく、三人が共有した「泥臭くも温かい生」の記憶。

サキが解析した「孤独な夜の震え」、遥が感じた「差し伸べられた手の熱」、そして九条が取り戻した「幼い弟と食べたアイスの味」。

「――受け取れ、拓海。これが俺たちが泥をすすって守ってきた、世界の『本当の姿』だ!」

九条の白銀の一閃が、少年の胸を貫く。


しかし、それは肉体を裂く痛みではなく、凍りついた少年の心に、数十年分の「家族の団らん」を無理やり流し込む、熱い濁流。


『……あ……。あったかい……。お兄、ちゃん……?』


少年の瞳から銀色の光が消え、普通の子供のような涙が溢れ出しました。東京を覆っていた剥離した空が、パリンと音を立てて砕け散り、元の星空が顔を出す。


銀の糸はすべて、柔らかな光の粒子となって消えていった・・・。




朝焼けが、崩れた都庁の屋上を照らしました。


九条の腕の中には、力尽きて眠る小さな少年の姿がありました。異界の王ではなく、ただの「九条拓海」に戻った弟。


「……終わったんだな。サキ、瀬戸」


九条の傍らに、リハビリ用の杖をついたサキと、疲れ果てて座り込む遥が寄り添います。


「はい。……世界はボロボロですけど、私たちの『祈り』は、ちゃんと届きましたよ」


遥が微笑む。


『……蓮さん、拓海くんのバイタル、安定しました。……でも、私たちの「あざ」、消えちゃいましたね』


サキが寂しそうに自分の腕を見つめました。


九条は、自分の右腕を見ました。銀色の刻印は消え、そこにあるのは以前と同じ、古傷だらけの無骨な男の腕。


「……ああ。だが、刻印がなくても、俺たちは繋がってる。……そうだろ?」


九条は、拓海を背負い、サキと遥に肩を貸しながら、瓦礫の街へと歩き出しました。


退魔師としての力は失ったかもしれない。記憶もまた、少しずつ薄れていくかもしれない

けれど、彼らにはもう、失うことを恐れる理由は無い。


血よりも濃い絆で結ばれた、新しい「家族」のサバイバルは、ここからまた始まっていくのです。




「錆びた祈り」—— 全編完結




後日談

あれから半年。東京の空は、剥離の傷跡を飲み込むように穏やかな青を取り戻していた。


新宿の喧騒から少し離れた路地裏。かつての「九条拝み屋」は、看板を「九条相談所」に掛け替えた。


「拓海! またリンゴつまみ食いしたでしょ! それは九条さんの薬を飲む用なの!」


「ちぇっ、ケチだなぁ遥姉ちゃん。一個くらい減ったってバレないよ」


事務所の中では、すっかり元気になった拓海が、遥と追いかけっこをしていました。



異界の王としての力は失われ、今の彼は生意気盛りな12歳の少年に戻ってる。


奥のデスクでは、車椅子を卒業し、杖なしで歩けるようになったサキが、キーボードを叩いていた。


『蓮さん、新しい依頼です。……あ、でも今回は怪異じゃなくて、ただの「迷子探し」みたい。平和になった証拠ですね』


「……そうか。迷子探しなら、俺一人で行ってこれるな」


トレンチコートを羽織った九条蓮が、奥の部屋から顔を出しました。彼の右腕にあった銀の刻印は完全に消え、今はただの、少し疲れの見える42歳の男の肌です。


「だめですよ九条さん! 私も行きます! 最近、運動不足で鈍まっちゃいますから」


遥が、浄化の光こそ出せなくなりましたが、護身用の警棒を手に身支度を整えます。


「お兄ちゃん、僕も手伝う! 鼻が利くのは僕の特技だもん」


拓海が駆け寄り、九条の裾を掴みました。


九条は、腰に差した「錆丸」をそっと撫でました。あの日、少年の心を貫いた刀は、今はもう蒼く光ることはありません。


ただの、手入れの行き届いた古い日本刀です。


「……サキ、留守番を頼む。夕飯までには戻るさ」


『了解。……あ、蓮さん。夕飯は、拓海くんのリクエストで「ハンバーグ」にするって。……材料、買ってきてくれます?』


サキの茶目っ気たっぷりの通信に、九条は苦笑いしながら頷きました。

【新宿・雑踏の中】

三人で歩く新宿の街。かつては異形が潜む闇に怯えていたこの場所も、今はただの、騒がしくも愛おしい人間の世界です。

ふとした瞬間、九条の右腕が、微かに「熱く」なりました。


刻印は消えたはずなのに、三人の足並みが揃うとき、そこには目に見えない「銀色の絆」が、今も脈動しているのを感じます。


「……九条さん、どうしました?」


遥が不思議そうに覗き込みます。


「いや……何でもない。……行こう。迷子が泣いてるだろ」


九条は、拓海の頭を乱暴に撫で、遥と共に雑踏へと消えていきました。


退魔の力はなくても、彼らには守るべきものがあり、帰る場所がある。


錆びつくことのない「祈り」を胸に、彼らの新しい日常は、どこまでも続いていくのです。




最後まで読んで下さった方有難うございます。


連載にしては短いですが、九条達の物語はここで完結です。


またの出会いをお待ちしてます。

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