角持ちと星屑酒
その客が入ってきたとき、
酒場の空気が、少しだけ変わった。
ざわつく、というほどではない。
だが、視線が一瞬だけ集まって、
すぐに元に戻る。
頭に、角があった。
大きくもない。
飾り立ててもいない。
だが、隠す気もないらしい。
「……角、折れたことあります?」
思わず聞いてしまった。
「ある」
即答だった。
「痛いですか」
「慣れる」
慣れるものらしい。
店主が、黙って酒を出す。
透明な瓶。
中には、細かい光が浮かんでいた。
「星屑酒だ」
「また、危なそうなの出てきましたね」
「飲みすぎなきゃ、大丈夫だ」
信用していいのか分からない。
角持ちは、先に一口飲んだ。
「……まだ、生きてるな」
基準が雑だ。
俺も、少しだけ口をつける。
冷たい。
だが、喉を通ると、
胸の奥が、微かに温かい。
「……光ってます?」
「たまにな」
角持ちは、指先を見た。
確かに、
ほんの一瞬、淡く光った気がする。
「何の酒なんですか」
「空に近い場所で採れた水に、
葡萄を沈めた」
相変わらず、説明が雑だ。
「魔法的なやつですか」
「どちらかと言うと、
世界の端っこだな」
よく分からないが、
あまり深掘りしない方がよさそうだ。
「仕事ですか」
「見張り」
「何の?」
角持ちは、少し考えてから言った。
「落ちてくるもの」
「……落ちてくる?」
「星とか。
たまに、世界の外側とか」
物騒なのか、
そうでもないのか判断に困る。
「大変ですね」
「暇だ」
そう言って、
角持ちは酒を飲んだ。
確かに、
暇そうではある。
「この街、どうですか」
「静かだ」
「それは、いい意味で?」
「角が折れない」
基準が独特だ。
星屑酒をもう一口。
頭は冴えたままだが、
景色が、少しだけ遠く感じる。
「……これ、酔ってます?」
「少しだけ、上を見るようになる」
「上?」
「空を見上げたくなる」
言われて、
なんとなく天井を見た。
ただの木の梁だ。
「見えませんけど」
「今日は、見えなくていい」
角持ちは、そう言って立ち上がった。
「長居すると、
落ちてくる」
「何がですか」
「考え事」
それは、
どの酒でも同じだと思う。
角持ちは、角を揺らして去っていった。
店主が、空のグラスを下げる。
「変なのばっかだな」
「普通の客、来ませんね」
「普通は、
酒場に居着かねえ」
それも、そうかもしれない。
星屑酒の光は、
いつの間にか消えていた。
だが、
今夜は少しだけ、
外の空気を吸いたくなった。




