天使と水ワイン
次の街までは、半日ほどの距離だった。
舗装された道ではないが、
獣道ほど荒れてもいない。
往来はそれなりにあり、
一人で歩いていても、心細さはなかった。
道の途中に、休憩用の小さな屋根付きの場所がある。
井戸と、簡単なベンチだけの、素っ気ない場所だ。
そこで、彼女は座っていた。
白い翼。
服装は質素で、
神々しさというより、
妙に現実的な佇まいをしている。
「……天使?」
思わず口に出すと、
彼女はちらっとこちらを見た。
「そう呼ばれることが多いです」
否定はしないらしい。
「水、飲みます?」
そう言って、
革袋を差し出してきた。
受け取って一口。
……薄い。
水に、ほんのり甘みと酸味がある。
酒、と言うには弱すぎる。
「水ワインです」
彼女が言った。
「発酵しかけで止めたもの。
長旅には、ちょうどいい」
「酔いませんね」
「酔うほど飲んだら、
それはそれで危険です」
もっともだ。
並んで腰を下ろす。
風が通り抜けて、
翼の羽が、少しだけ揺れた。
「天使って、酒飲まないイメージありました」
「飲みますよ」
即答だった。
「ただ、強いのは避けます。
判断を誤ると、面倒なので」
その言い方が、妙に人間くさい。
「仕事ですか」
「ええ。見回りの途中です」
「見回り」
「世界は、思ったより壊れやすいので」
そう言って、
水ワインを一口飲む。
「だから、軽いのがいい」
「俺も、最近はそうです」
「最近?」
「……色々あって」
詳しくは言わなかった。
彼女も、聞かなかった。
しばらく、黙って座る。
酒場の喧騒はない。
だが、静かすぎもしない。
「次の街ですか」
天使が聞いた。
「たぶん」
「いいですね」
何がいいのかは、分からなかった。
水ワインを飲み干す。
喉は潤ったが、
頭は冴えたままだ。
「ご馳走さん、美味かったよ」
彼女は、少しだけ笑った。
「出発前の酒です」
立ち上がる。
道は、まだ続いている。
「じゃあ」
「ええ。お気をつけて」
翼が、軽く揺れた。
歩き出しながら、
俺は次の街の酒場を思い浮かべていた。
強い酒もいい。
だが、こういう一杯も、悪くない。




