影を見た夜の酒
町の夜は、思ったより長かった。
昼は人の行き来が多いが、
夜になると、
兵士と旅人ばかりになる。
酒場の灯りも、
いつもより遅くまで消えない。
俺は同じ席に座っていた。
薄い麦酒が、
今夜も置かれる。
「慣れたか」
店主が言う。
「慣れました」
嘘ではない。
最初は水みたいだったが、
こういう酒も悪くない。
長く飲める。
隣には、
昨日の兵士がいた。
鎧は外しているが、
剣は椅子に立てかけたままだ。
「影、見たか?」
急にそう言う。
「まだ」
「俺は見た」
兵士は、
麦酒を一口飲んでから続ける。
「丘の上だった」
「勇者ですか」
「分からん」
正直だった。
「ただな」
兵士は手で高さを示す。
「人より少し高いところに
立ってた」
丘なら普通だ。
「魔法ですか」
「かもしれん」
それ以上は、
兵士も分からないらしい。
「魔王軍は?」
「引いた」
「それで影ですか」
「それで影だ」
雑だ。
酒場の奥でも、
似たような話が続いている。
・光が走った
・剣が鳴った
・黒い旗が燃えた
どれも、
確かめようがない。
だが、
兵士の腕には
新しい包帯が巻かれていた。
噂だけでは、
済んでいないらしい。
スイが、
床の泡に触れる。
色が、
少しだけ濃くなる。
兵士がそれを見る。
「便利そうだな」
「便利ではないです」
「役に立たないのか」
「ほとんど」
兵士は笑った。
「それはいい」
「いいですか」
「役に立つ連れは、
戦に取られる」
それは、
妙に納得できた。
麦酒を飲み干す。
今日も、薄い。
だが、
この町には合っている。
「南へ行くのか」
兵士が聞く。
「たぶん」
「やめとけ」
昨日と同じ言葉だ。
「戻れるうちに戻れ」
俺は少し考える。
そして、
肩をすくめた。
「冷たい酒があるなら、
そこまで行きます」
兵士は笑った。
「変な理由だな」
「よく言われます」
外に出ると、
風が強くなっていた。
南から吹いてくる。
焦げた匂いは、
まだ薄い。
スイが、
横で揺れる。
南の空は、
暗いままだった。




