焦げた町の薄い酒
戦いの跡を離れて半日ほど歩くと、
小さな町が見えてきた。
城壁はない。
木の柵と見張り台があるだけだ。
だが、
道を行く人の数は多い。
荷車。
兵士。
商人。
全員、少し急いでいる。
町に入ると、
空気は思ったより普通だった。
魚を焼く匂い。
鍛冶屋の音。
子供の声。
「……止まってるわけじゃないか」
独り言だった。
スイが足元で揺れる。
色は、いつもより澄んだ青だ。
人の多い場所の方が、
落ち着くらしい。
通りの奥に、
小さな酒場があった。
扉は開きっぱなし。
中は半分くらい埋まっている。
「空いてるか」
カウンターの男が、
軽く手を上げた。
「飲むならある」
それで十分だ。
出てきたのは、
薄い麦酒だった。
色は淡い。
泡も少ない。
一口飲む。
……軽い。
水に近い。
「薄いな」
思わず言う。
男は笑った。
「麦が減ってる」
「戦ですか」
「戦だな」
あっさりした答えだった。
「南から人が増えてる。
兵士も、避難も」
それで酒が薄くなる。
単純だ。
隣の席の兵士が口を挟む。
「勇者の噂、聞いたか」
またその話だ。
「港町で少し」
「この町でも出たらしい」
「勇者が?」
「いや」
兵士は笑った。
「勇者の影が」
雑だ。
「魔王軍の斥候を
追い払ったって話だ」
「影で?」
「影で」
酒場が少し笑う。
俺も笑う。
噂は、
やっぱり噂だ。
スイが、
カウンターから落ちた泡を吸う。
色が少し濃くなる。
兵士がそれを見る。
「連れか」
「まあ」
「勇者より珍しいな」
それは困る。
麦酒をもう一口。
薄いが、
悪くはない。
「薄い酒も、
これはこれで飲める」
そう言うと、
店主が頷いた。
「今は、これが一番回る」
「回る?」
「長く飲める」
なるほど。
戦の近くでは、
酒も変わるらしい。
外は、もう夕方だ。
町の灯りが、
一つずつ点いていく。
スイが、
足元で静かに揺れている。
南は、
まだ少し先だ。
だが、
噂の温度は
確実に上がってきていた。




