戦いの跡と酒
南へ向かう道は、静かだった。
風はある。
鳥も鳴く。
だが、人の気配が少ない。
スイは、
いつもより動きが遅い。
色も、少しだけ薄い青になっている。
道の先に、村が見えた。
柵は壊れ、
畑は踏み荒らされている。
家の壁には、黒い跡。
焦げた匂いは、
ここから来ていた。
「……ここか」
独り言だった。
村に人はいない。
物音もない。
ただ、
樽だけが残っている建物があった。
看板は半分焼けているが、
文字は読めた。
酒蔵だ。
扉は開いたまま。
中は暗い。
踏み込むと、
焦げた匂いの奥に、
微かに酒の匂いが残っていた。
「……残ってるな」
棚の奥に、
一本だけ瓶が立っている。
煤で黒くなっているが、
中身は無事らしい。
栓を抜く。
酸味のある香り。
麦とも葡萄とも違う。
少しだけ口に含む。
荒い。
だが、嫌な味ではない。
「急いで作った酒だな」
たぶん、
戦の前に仕込んだのだろう。
落ち着いて寝かせる時間も、
なかったはずだ。
スイが、
床の一滴に触れる。
色が、少しだけ濃くなった。
「……お前も、分かるか」
答えはない。
酒蔵の外に出る。
村は静かだ。
噂は、
ここから始まったのかもしれない。
だが、
噂は人が作る。
ここには、
もう誰もいない。
もう一口飲む。
荒い酒だ。
だが、
作った人の顔が浮かぶ気がする。
急いで、
それでも捨てずに、
残していった酒。
「……悪くない」
瓶を置く。
全部飲む気にはならない。
少し残しておく方が、
いい気がした。
スイが、
外の光の中で揺れる。
道は、まだ続いている。
戦の跡も、
酒の味も、
ここで終わりじゃない。
「行くか」
そう言って、
村を後にした。
南の風は、
まだ少し焦げていた。




