焦げた風の味
南へ向かう道は、最初は穏やかだった。
港町を離れると、
魚の匂いが薄れ、
代わりに乾いた土の匂いがする。
スイは、いつも通り横で揺れている。
色は落ち着いた青だ。
昼を過ぎた頃、
風向きが変わった。
焦げた匂いが混じる。
焚き火とは違う。
もっと広い、何かが焼けた匂いだ。
「……近いな」
独り言だった。
道端に、壊れた荷車が転がっている。
車輪が外れ、
布が裂け、
地面には黒い跡。
血はない。
だが、
争いがあったことは分かる。
スイが、ゆっくり近づく。
焦げ跡に触れかけて、
少しだけ色が薄くなった。
「やめとけ」
声をかけると、
素直に戻ってくる。
先へ進むと、
小さな村が見えた。
家は残っている。
煙も上がっている。
だが、人の声が少ない。
井戸のそばで、
年配の男が座っていた。
「ここ、通れますか」
軽く声をかける。
男は顔を上げる。
「通れる」
短い返事。
「南は?」
「荒れてる」
昨日と同じ言葉だ。
「魔王軍ですか」
男は少し考えてから言う。
「そう呼ぶ奴もいる」
それ以上は言わない。
「勇者は?」
「知らん」
これも、同じだ。
違うのは、
男の目だった。
噂を語る目ではない。
見た目だ。
「酒は、あるか」
男が聞く。
「少しなら」
袋を差し出す。
男は一口だけ飲んで、
すぐ返した。
「南へ行くのか」
「たぶん」
「戻れるうちに戻れ」
忠告というより、
事実の提示だった。
スイが、
井戸の水に触れる。
色が少し澄む。
「水は、まだきれいだな」
男が言う。
「全部が燃えたわけじゃない」
それは、救いなのかもしれない。
村を抜けると、
風がまた変わった。
焦げた匂いは、
少しだけ強くなる。
「……行くか」
誰に向けたわけでもない。
スイは、
迷わずついてくる。
噂は、
少しずつ形を持ち始めていた。
だが、
まだ酒場の話ではない。
それだけが、
救いだった。




