噂の値段
港町の夜は、昨日より騒がしかった。
同じ席に座ると、
昨日の男が先に杯を上げた。
「また来たな」
「酒が冷えてるって聞いたので」
嘘ではない。
麦酒は相変わらず泡立っている。
一口飲むと、喉が生き返る。
「で、勇者の続きですが」
そう言うと、
男は鼻で笑った。
「気になるか」
「港町は噂の回りが早いらしいので」
「違いない」
男は身を乗り出す。
「南でな、
城が一つ、消えた」
「消えた?」
「燃えたとも、崩れたとも言う。
魔王軍の仕業だって話だ」
「勇者は?」
「間に合ったって話と、
間に合わなかったって話がある」
都合がいい。
「どっちですか」
「酒の値段次第だな」
意味が分からず、顔を見る。
「悲劇の方が、高く売れる」
そう言って、
男は肩をすくめた。
周りの客も、
似たような話をしている。
・魔王は三つの顔を持つ
・勇者は光る剣を振るう
・南の海が黒くなった
どれも、確かめようがない。
「本当はどうなんです」
男は、しばらく黙ってから言った。
「知らん」
即答だった。
「だがな」
麦酒をあおる。
「戦が起きてるのは、本当だ」
それだけは、
少し重かった。
「ここまで来ますかね」
「来るなら、
この町はもう少し静かだ」
確かに、
今はうるさい。
魚の匂いと、酒と、笑い声。
「勇者、勝てますか」
「勝つさ」
迷いがない。
「負けたら?」
「次が出る」
軽い。
だが、
どこか現実的だ。
スイが、
足元で小さく揺れる。
泡の一滴に反応しながら、
何も知らない顔をしている。
「英雄がいると、
みんな安心する」
男は言った。
「本当かどうかは、
二の次だ」
俺は、麦酒を飲み干す。
噂は、泡みたいだ。
立ち上がって、
すぐ消える。
だが、
立っている間は、
それなりに形がある。
「……南か」
口に出すと、
男が笑った。
「行く気か?」
「いや」
少し考えてから言う。
「冷たい酒がある方に行きます」
それで十分だった。




