港町と泡立つ噂
港町は、うるさかった。
潮の匂いに、
魚と酒の匂いが混じる。
声が大きい。
笑い声も、怒鳴り声も。
「空いてるか」
そう言うと、
奥から太った店主が顔を出した。
「席はある。
静かなのはない」
それで十分だ。
カウンターに座ると、
すぐに泡の立った麦酒が置かれた。
「ここのは冷えてるぞ」
一口。
確かに冷たい。
港らしい味だ。
スイは、
足元で静かに揺れている。
誰も気にしていない。
「聞いたか?」
隣の男が、急に話しかけてきた。
「何を」
「勇者だよ」
港町は、噂の回りも早いらしい。
「出たらしいな」
「どこに」
「南だ。
魔王軍とやらとぶつかったって話だ」
「本当ですか」
「さあな」
男は笑った。
「ここに流れてくる頃には、
話は三倍になってる」
それは、信用できる。
「魔王って、いるんですかね」
「いることになってる」
雑だ。
「でもな」
男は、麦酒をあおる。
「いるってことにしとかないと、
困る連中もいる」
「困る?」
「武器屋とか。
兵士とか。
歌う奴らとか」
吟遊詩人の顔が浮かぶ。
「勇者は?」
「英雄がいる方が、
話は回る」
回る、か。
スイが、
泡の落ちた一滴に反応する。
色が、少し濃くなる。
「連れか?」
「まあ」
「勇者より目立ってるぞ」
それは困る。
麦酒をもう一口。
冷たさが、喉を通る。
「魔王、見たことあります?」
「ない」
即答だった。
「見たら、ここで飲んでるわけがない」
それも、そうだ。
港町の夜は、
噂が多い。
真実は少ない。
だが、
酒が冷えているなら、
それで十分かもしれない。
「……勇者も、
どこかで飲んでるんですかね」
「飲むだろ」
男は言う。
「勝っても、負けてもな」
それは、妙に納得できた。




