人魚と潮のカクテル
街道を外れると、
道は次第に湿り気を帯びてきた。
土の匂いに、
塩気が混じる。
「……海、近いな」
独り言だった。
スイは、
いつもより動きが軽い。
色も、少し澄んでいる。
昼過ぎ、
岩場の先に水音が聞こえた。
小さな入り江だ。
船を出すほどではないが、
人が休むにはちょうどいい。
岩に腰を下ろしている影があった。
上半身は人間で、
下は、鱗に覆われた尾。
「……人魚、ですか」
声をかけると、
彼女は振り返った。
「そう呼ばれるわね」
否定はしない。
手元には、
奇妙な瓶がいくつか並んでいる。
透明な液体に、
貝殻や、藻みたいなものが沈んでいた。
「旅の人?」
「通りがかりです」
「喉、渇いてるでしょ」
そう言って、
彼女は小さな杯を差し出した。
中身は、
淡い青色。
「酒ですか」
「酒みたいなもの」
嫌な言い方だ。
一口。
しょっぱい。
だが、すぐに柑橘みたいな酸味が来る。
「……潮ですね」
「そのまま」
人魚は笑った。
「海の水を、
そのまま飲むのは大変でしょ。
だから、割るの」
「割る?」
「果汁と、少しの発酵」
理屈は分からないが、
飲めるのは確かだ。
「酔います?」
「ほどほどに」
それが、一番信用ならない。
スイが、
足元で小さく揺れた。
人魚が、それに気づく。
「あら」
「連れです」
「面白い旅ね」
スイに、
一滴だけ落とす。
色が、
少しだけ澄んだ青になる。
「……そっちも、気に入ったみたいだ」
「海は、色が多いから」
人魚は、
波打ち際を見る。
「長く、陸を歩いてる?」
「最近は、そうですね」
「だったら、
こういう酒も悪くない」
潮のカクテルを、
もう一口。
体は冷えるが、
頭は冴えている。
「……最初の一杯には向かないな」
言ってから、
少し可笑しくなった。
「当たり前でしょ」
人魚は、声を出して笑った。
日が傾き始める。
「この先に、
港町があるわ」
「酒場は?」
「ある。
賑やかで、
うるさいくらい」
それは、
悪くない情報だ。
「じゃあ、そろそろ行きます」
「気をつけて」
潮の匂いを背に、
歩き出す。
スイは、
少し名残惜しそうに揺れてから、
ついてきた。
塩気の残る口で、
俺は思う。
酒は、
土地の味がする。
それが分かるだけで、
旅は、まだ続けられそうだった。




