名前のある連れ
この土地の朝は、早い。
酒場の前を通ると、
もう何人かが仕込みを始めている。
昨日の夜が、なかったみたいだ。
「今日は、出るのか」
店主が言った。
「ええ。
そろそろ」
「そうか」
引き留める様子はない。
早仕込みの酒は、
この土地には合っている。
だが、
俺には少し、早すぎた。
店主は、返事を待たずに樽を叩いた。
乾いた音が、一定の間隔で返ってくる。
俺はそれを聞いていた。
言葉を挟むほどのことじゃない。
ここでは、そういう話し方をしない。
「向いてない土地ってのも、ある」
店主は、
樽を叩きながら言った。
「悪いわけじゃない。
合わないだけだ」
それは、
酒の話でもあり、
人の話でもあった。
スライムは、
足元で静かに揺れている。
この土地に来てから、
少しだけ色が薄くなった気がする。
「……お前も、だな」
言うと、
ぴとっと靴に触れてきた。
荷物をまとめ、
表に出る。
道は、また続いている。
「次は、
もう少しゆっくりした場所にしよう」
独り言だった。
スライムは、
相変わらずついてくる。
今までは、
それで済んでいた。
だが、
このまま「それ」と呼び続けるのも、
少し違う気がした。
歩きながら、考える。
短すぎるのは、落ち着かない。
長いのは、扱いづらい。
口に出す前に、いくつか消えた。
どれも、しっくりは来なかった。
立派な名前は、要らない。
意味も、なくていい。
「……スイ」
小さく言ってみる。
反応はない。
「スイ」
もう一度。
スライムが、
ぷるっと揺れた。
色が、
ほんの少しだけ濃くなる。
「気に入ったなら、
それでいい」
否定もしないらしい。
「じゃあ、行くか。スイ」
返事はない。
だが、
距離が少しだけ縮まった。
この土地の酒は、
早くて、勢いがあった。
悪くない。
だが、
長く飲む酒じゃない。
そういう場所を、
離れる理由としては、
十分だった。




