早酒の夜と、早起きの朝
この土地の酒場は、日が沈む前から開いていた。
昼間に仕込んで、
夕方にはもう出す。
そんな調子らしい。
「泊まれるか?」
そう聞くと、
店主は軽く頷いた。
「空いてる。
ただし、夜は賑やかだぞ」
「問題ないです」
その言い方に、
特別な意味はなかった。
酒は、例の早仕込みのやつだ。
透明で、匂いが立つ。
一口飲む。
やっぱり、早い。
舌に触れた瞬間、
もう次の味が来る。
「これは……調子に乗る酒ですね」
「だろ?」
店主は笑った。
「この辺りじゃ、
考えながら飲むと負ける」
分かりやすい。
夜になると、
客が一気に増えた。
旅人、商人、
仕事帰りの地元の連中。
スライムは、
カウンターの下で丸くなっている。
踏まれない位置を、
もう覚えたらしい。
杯は、次々と空く。
早い酒は、
早く回る。
誰かが歌い出し、
誰かが調子を合わせ、
気づけば、
話はどうでもいい方向に流れていた。
俺も、
それなりに飲んだ。
酔う。
ちゃんと、酔う。
足取りも怪しい。
言葉も、少し雑になる。
「……今日は、結構いってますね」
「だな」
隣の客が笑った。
「明日、大丈夫か?」
「たぶん」
その「たぶん」は、
少しだけ確信を含んでいた。
夜は、あっさり終わった。
気づけば、
部屋の天井を見ていた。
――朝。
目が覚める。
頭は、静かだった。
重さも、痛みもない。
喉は渇いているが、
それだけだ。
「……やっぱりな」
独り言が、
自然に出た。
下に降りると、
店主が仕込みをしていた。
「早いな」
「いつも通りです」
嘘ではない。
「昨日、結構飲んでたろ」
「ええ」
「平気そうだな」
「まあ……」
理由を説明する気はなかった。
スライムは、
もう起きていた。
水桶のそばで、
少しだけ色が薄い。
「水な」
桶を示すと、
ゆっくり近づいていく。
店主が、こちらを見る。
「変な連れだな」
「俺も、そう思います」
朝の酒場は、
まだ静かだ。
昨夜の賑やかさが、
嘘みたいに残っていない。
「この酒、
朝には向かねえだろ」
「ですね」
「でも、
夜にはいい」
それも、よく分かる。
荷物をまとめ、
勘定を済ませる。
「また来るか?」
「どうでしょう」
本心だった。
外に出ると、
空気はもう暖かい。
昨夜あれだけ飲んだのに、
足取りは、問題ない。
二日酔いにならない。
それだけの能力だ。
だが、
こういう朝には、
ちゃんと役に立つ。
そう思いながら、
俺は次の道を選んだ。
スライムが、
一拍遅れてついてくる。




