集落の酒場とスライム
集落は、小さかった。
畑がいくつかと、
家が並んでいるだけの場所だ。
旅人向けの宿も、一軒しかない。
その一階が、酒場になっていた。
「いらっしゃい」
声をかけてきたのは、
年配の女主人だった。
店主というより、家主に近い。
「泊まりですか」
「たぶん」
曖昧に答えると、
それ以上は聞かれなかった。
中は、思ったより賑やかだ。
農具を片付けたばかりらしい男たちが、
すでに何杯かやっている。
カウンターに腰を下ろす。
「麦酒で」
「はいはい」
出てきたのは、
薄くて、少しぬるい麦酒だった。
一口。
……普通だ。
悪くないが、
感動するほどでもない。
「この辺りじゃ、これが精一杯さ」
女主人が言う。
「水が冷たくてね。
仕込みがゆっくりになるから、
強い酒は作りにくいのさ」
「それはそれで、健康的ですね」
「若い頃は、
そんなこと言わなかったんだけどね」
笑いながら、
グラスを置いた。
そのとき、
足元で、ぷるっと音がした。
「あら」
女主人が覗き込む。
「……スライム?」
「たぶん」
「連れてるの?」
「連れてるつもりはないです」
スライムは、
カウンターの影で丸くなっている。
逃げもしない。
邪魔もしない。
「害はない?」
「今のところは」
女主人は、少し考えてから言った。
「じゃあ、いいわ。
踏まれないようにだけ、気をつけて」
ずいぶん大らかだ。
近くの客が、ちらっと見て言う。
「珍しいな」
「そうですか」
「この辺じゃ、
見かけても、すぐ追い払う」
「理由は?」
「溶けるから」
それは、分かりやすい理由だった。
俺は、足元を見る。
スライムは、
少しだけ体を縮めた。
「溶けると、困るな」
言うと、
ぷるっと、小さく揺れた。
通じたかどうかは、分からない。
麦酒をもう一口。
喉は潤うが、
酔いはほとんど来ない。
「今日は、これくらいでいいですね」
「そうかい」
女主人は、
空いた皿を下げた。
「静かな集落でしょう」
「ええ」
「長居する人は、少ないけどね」
その言葉に、
少しだけ既視感を覚えた。
夜になり、
客はまばらになった。
スライムは、
ずっと足元にいる。
踏まれない位置を、
なぜか分かっているらしい。
「……意外と、気が利くな」
独り言だった。
部屋に上がる前、
女主人が言った。
「その子、
あんたに付いてくるんだね」
「みたいですね」
「悪くない旅になりそうだ」
そう言って、
鍵を渡された。
階段を上りながら、
後ろを見る。
スライムは、
変わらず、ついてきていた。
名前は、まだない。
だが、
一緒に飲む夜が増えそうな気はした。




