市場に行こう!
――夏休み
わたしは屋敷にアメリアを招待した。
ローゼン家の食卓に並ぶ料理は、どれも見事な品だった。銀の食器に盛られた肉料理、繊細な彩りの前菜、香り高いワイン。
けれどアメリアは、緊張で喉が詰まり、ほとんど箸を進められなかった。庶民の彼女にとって、この豪華さはむしろ居心地の悪さを増すばかりだった。
(……公爵令嬢として扱われるのは光栄なはずなのに。どうしてこんなに微妙に感じてしまうんだろう)
そんな時、街に外商がやってきて珍しい市が立つという知らせが届いた。普段は見られない輸入品や、職人の手作りの工芸品が並ぶらしい。
私はこの情報を得てアメリア、ルシアン、レオン、ノエル、ユリウスみんなを誘った。
「ねえ、みんなで市場に行かない? ルシアンも、ノエルも、ユリウスも!」
ルシアンは柔らかく微笑み
「君が楽しめるなら」
と快諾。
ノエルは
「面白そうだな。珍しい品なら僕も興味がある」
と軽快に応じる。
ユリウスは少し間を置いて
「……悪くない。外の風に触れるのもいいだろう」
と静かに承諾した。
そして、庶民出の貴族レオンもその場にいた。彼はアメリアの緊張を見抜いていたのか、軽く肩をすくめて笑った。
「市場なら気楽だろう。俺も行こう。ウチは庶民からなりあがりの貴族だからかな?こういう雑踏の方が落ち着く」
その言葉に、アメリアの胸がふっと軽くなる。屋敷の豪華さに馴染めなかった自分を、レオンは自然に理解してくれていた。
夏の陽射しの下、五人は街へと向かう。
豪奢な屋敷から飛び出し、賑やかな市場へ――。
庶民と貴族の境界が少しずつ溶けていく、そんな夏の始まりだった。
街は夏の市で賑わっていた。人の声、屋台の呼び込み、香ばしい匂い――全部が眩しくて、胸が弾む。
私はふと足を止めた。目の前に並ぶのは、小さな宝石屋。値段は安いのに、光を受けてきらりと輝く石たちはとても質が良さそうだった。
「アメリア、見て。これ、色違いの髪飾り……一緒に買わない?」
そう言うと、アメリアの瞳もぱっと輝いた。二人で並んでつけたら、きっと楽しいだろう。
しかし、アメリアはしゅんとして肩を落とすと
「ヴァイオレット様、あの品は私には高価で買えません。すいません……」
と俯いてしまった。
やってしまったー!
わたしは今は公爵令嬢だが、アメリアは庶民。
金銭感覚の違いに今頃気付くなんてー!
「あら、では私からプレゼントさせて下さいな。いつも仲良くしてくださってるお礼ですわ」
スラスラと言葉が出てくる。
よっしゃー!偉いぞ!お嬢様チート!
けれど、その瞬間――ルシアンが静かに近づいてきて、柔らかく微笑んだ。
「それなら、僕からの贈り物にさせてほしい。二人に似合うと思うから」
そう言って、私とアメリアに髪飾りを手渡してくれた。
胸がどきんと跳ねる。嬉しい、でも少し照れくさい。
そして、彼が店の奥で何かを選んでいるのに気づいた。
……こっそり、誰かにネックレスを買っている。
(え、え、え……!もしかして私のプレゼント!?そんなの、反則じゃない?
推しからプレゼントなんて、お風呂入っててもつけますよ!あ!そう言えば、髪飾りもプレゼントだった!――一生身につけます)
アメリアは隣で笑っているし、レオンは軽口を叩いて場を盛り上げてくれる。ユリウスは少し離れた場所で腕を組み、風のように静かに見守っている。
気づけば、私はゲームの主人公みたいにキャラクターたちに囲まれていた。
(なにこれ……ハーレム状態? キャピキャピしすぎて心臓がもたない!)
頬が熱くなるのを隠しながら、私は髪飾りをそっと髪に差した。
市場の喧騒の中で、私の夏は一層きらめいていた。
市場の賑わいを後にして、みんなと別れたあと。
私は少し名残惜しくて、胸の奥がまだ弾んでいた。髪飾りを揺らしながら歩いていると――。
「ヴァイオレット」
背後から呼ばれて振り返ると、ルシアンがいた。人混みから離れた静かな路地で、彼は少し照れたように笑っていた。
「さっきの店で……君に渡したいものがあるんだ」
そう言って、彼は小さな箱を差し出した。
開けると、中には繊細な銀のネックレス。光を受けて、宝石がきらりと揺れる。
「君に似合うと思って……こっそり買っておいた」
どきん、と心臓が跳ねた。
(え、え、え……! ルシアンが、私にだけ……!? キャー! キャピキャピすぎる!)
頬が熱くなって、言葉がうまく出てこない。
「……ありがとうございます。すごく、嬉しい……ですわ」
やっと絞り出した声は震えていた。
ルシアンは優しく微笑み、私の首元にそっとネックレスをかけてくれた。指先が触れた瞬間、さらに心臓が跳ねる。
(近い! 近い! こんなの、ゲームのイベントシーンじゃない!)
市場の喧騒から離れた静かな場所で、私だけに贈られた特別なプレゼント。
胸の奥でトキメキが止まらなくて、夏の夜風まで甘く感じられた。




