レオン・クロード
魔法礼儀演習が終わった後、講堂の片隅で私はそっと息を吐いていた。
ルシアンとの舞踏は、緊張と感動の嵐だった。
でも、まだ終わりじゃない。
この学園には、破滅フラグを回避するための“好感度イベント”が山ほどある。
(次は……レオン・クロード。火属性の騎士科主席。庶民出身で、情に厚くて、熱血で……)
ゲームでは、彼とのイベントは「転倒→手を差し伸べられる→好感度+15」が定番だった。
でも、今は攻略サイトもセーブもない。
自分で“イベント”を起こすしかない。
そんなことを考えていたら──本当に、転んだ。
「うわっ……!」
魔力の余波で床が滑り、私はバランスを崩して前のめりに倒れかけた。
その瞬間、誰かが素早く腕を伸ばして、私の身体を支えた。
「おっと!危ねぇ!」
見上げると、そこには赤毛の青年。
快活な笑顔と、力強い腕。
レオン・クロードだった。
「大丈夫か?貴族様でも、転ぶことあるんだな」
「……す、すみません。ちょっと足元が……」
「ははっ、気にすんな。俺もよく転ぶ。魔力制御って、意外と難しいよな」
彼は、まるで旧知の友人に話すような口調で笑った。
その距離感が、心地よかった。
「それにしても、さっきの舞踏、見てたぜ。
あの氷の公爵様と踊るなんて、肝が据わってんな!」
「……肝、ですか?」
「おう。俺だったら緊張で魔力暴走してたかもな。
でも、お前はちゃんと踊ってた。すげぇよ」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
“貴族のくせに熱い”という彼の評判は、本物だった。
「ありがとう、レオンさん。あなたの言葉、なんだか……元気が出ますわ」
「そりゃよかった!じゃあ、次の演習、俺と組もうぜ!
剣でも魔法でも、俺は頼れるぞ?」
「……ふふ、楽しみにしていますわ」
その瞬間、彼の好感度が“ぽん”と上がった気がした。
火属性らしい、まっすぐな温度。
それは、氷の舞踏とは違う、心に灯る炎だった。
そして彼との再会はすぐに訪れた。
騎士科との合同剣術演習である。
王立魔法学園『アカデミア・グランヴェール』。
午後の剣術演習。
魔法剣を用いた実戦形式の授業は、貴族子弟たちの中でも特に人気が高い。
私は、ヴァイオレット・ド・ローゼン。
でも中身は、藤咲しおり。
破滅フラグを回避するため、好感度イベントは逃せない。
今日のペアは──レオン・クロード。
騎士科主席。炎属性。
庶民出身の貴族で、貴族社会の“型”に染まりきらない、異端の存在。
「よっ、ローゼン嬢。今日の相手、俺で悪かったな」
「いえ。むしろ、光栄ですわ。あなたの剣術は、学園でも評判ですもの」
「……へぇ。意外と話せるじゃん。てっきり“氷の令嬢”かと思ってた」
「昔は、そうだったかもしれませんわね」
私が茶目っ気たっぷりにそういうとレオンは笑った。
その笑顔は、まっすぐで、どこか庶民的な温度を持っていた。
「じゃあ、いくぜ。背中、預けるぞ」
「ええ。こちらも、あなたに任せます」
背中を合わせて立つ。
魔力を剣に込める。
火と闇。
庶民と貴族。
でも、今はただの“剣士同士”。
敵役の幻影が現れる。
レオンが前衛、私が後衛。
息を合わせて動く。
彼の剣が炎を纏い、私の魔力が闇属性の盾を展開する。
「ナイス連携!お前、意外とやるじゃん!」
「ふふ、あなたの動きが分かりやすいからですわ」
「おいおい、褒めてんのか?それとも皮肉か?」
「もちろん、褒め言葉ですわ。……庶民騎士の剣、侮れませんもの」
レオンが笑う。
その笑顔に、私もつられて笑った。
演習後、レオンがぽつりと呟いた。
「……お前さ、貴族って感じしねぇな。
剣の振り方も、魔力の使い方も、なんか……“生きてる”って感じがする」
「それは……褒め言葉として受け取っておきますわ」
「俺さ、貴族って苦手なんだよ。
型ばっか気にして、実戦じゃ役に立たねぇ。
でも、お前は違う。ちゃんと“戦える”」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなった。
(好感度+20、確定……!)
でも、それ以上に嬉しかったのは──
“戦える”と言ってくれたこと。
この世界で、私は“しおり”として生きている。
誰かに守られる令嬢じゃなく、誰かと並び立つ存在として。
そして今、レオン・クロードという“火の騎士”が、
その第一歩を踏み出してくれた。
演習終わった。
背中を預けて、魔法剣を交えて、連携して、褒められた。
──褒められた!!!!
「お前、変わったな。前はもっと、こう……ツンツンしてた気がする」
「今のお前は、俺は好きだぜ。剣を預けられるって、信頼してるってことだからな」
──はい、語彙力死亡。
(ちょっと待って、今のセリフ、好感度+20どころじゃないよね!?
信頼って言ったよね!?“好きだぜ”って言ったよね!?)
しかも、しかもだよ。
その声が、あの人気声優・東条蒼真の声で脳内再生されるわけですよ。
低音で、ちょっとラフで、でも芯が通ってて、
「信頼してる」って言われた瞬間、心臓が爆発した。
(え、これ、実質告白じゃない!?)
しかも、演習中の背中合わせの距離感。
魔力の共鳴。
炎と闇のコントラスト。
そして、演習後の汗がきらめく赤毛の騎士。
(ちょっと待って、これ、乙女ゲーのイベントCGじゃん!?)
私は令嬢らしく微笑んで「ありがとうございます」と返したけど、
内心ではもうキャピキャピが止まらない。
(庶民騎士、最高かよ……!)
しかも、彼は“貴族の型”に染まってない。
だからこそ、言葉がまっすぐで、嘘がない。
その“信頼”は、演技じゃなくて、本物だった。
(好感度、跳ねた。跳ねたよ、今。
破滅フラグどころか、友情ルート突入してるよ、これ!)
──でも、令嬢としては優雅に微笑む。
スカートの端を摘み、姿勢は崩さない。
語彙力が灰になっても、品位は保つ。
(だって私は、推しにも庶民騎士にも好かれる令嬢になるって決めたんだから)




