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文化祭とヴァイオレット

夏休みが終わり、校舎には文化祭の準備のざわめきが広がっていた。

クラス会議で「何をやろうか」と議題が出た瞬間、真っ先に手を挙げたのはヴァイオレットだった。


「メイド&執事喫茶ですか? ローゼン嬢……」

議長のクラス委員長が目を丸くする。


(文化祭と言えばメイド喫茶は定番!しかもこの世界ならではの、メイド・執事制度あり!これはコスプレ乗っかるしかないでしょ!)


完全に“元19歳の女性”という意識はどこへやら――ヴァイオレットことしおりは、この文化祭を、この世界を、とことん楽しむつもりでいた。


(元の世界に戻る方法は……ゲーム攻略にあるかもしれない)

ある日そう思い至った。だが、それは仮説の域を出ない。

いつ戻れるかも分からない。もしかしたら一生戻れないかもしれない。

ならば悔いなく生きよう――そう心に決めたのだ。


しおりは立ち上がり、提案に込めた思いを語り始めた。

「不粋と思う方もいるかもしれませんが、このメイド&執事喫茶には、ちゃんと名目がありますの。保護者も来席する文化祭で、給仕するその所作の美しさに、自分の家のメイドや執事の品格が映し出されます。主人であるなら、その所作を気にしているはず……そしてそれを体現することで、主人として適切に教育できているか、また労働者に配慮できているかどうかを問われるのですわ」


教室は一瞬静まり返り、次いでざわめきが広がった。


 

「なるほど……ただの扮装じゃなくて、意味があるってことか」


 

「保護者も納得しそうだな」


 

「面白い!やろう!」


 

しおりは微笑んだ。

(これも攻略の一歩になるかもしれない……。でも、何より楽しいからいいわ!)


調子に乗った”しおり”ヴァイオレットは止まらない。


「それに、どうせなら男性と女性を入れ替えてはいかがかしら?

男性がメイドをやり、女性が執事をやる……性別を入れ替えることで、理想の執事やメイドを体現するのです。そして入場者に投票していただくのも面白いですわ!」


教室に一瞬の沈黙が走る。

完全に“しおり”の暴走だった。


「えっ……逆転?」


 

 「それは斬新すぎる……」


 とざわめきが広がる中、ルシアンが小さく笑いを堪えながら手を挙げた。


 

「面白いかもしれない。賛成だ」


 

その言葉に、教室の空気が一気に変わる。


 

「ルシアンが賛成なら……」


「確かに見てみたい!」


 と声が上がり始めた。


さらにアメリアも、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


 

「私も賛成です。しおりさんの提案、きっと文化祭を盛り上げますわ」


 


しおりは胸を張り、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

(やった……同担拒否オタクの私だけど、コスプレ1度やってみたかったんだよねー♩)


こうして、男女逆転メイド&執事喫茶という前代未聞の企画は、賛同の声に包まれてクラスの正式案となった。

文化祭は、ただの催しではなく、しおりの茶目っ気と仲間の賛同によって、物語の新たな舞台へと変わろうとしていた。

――文化祭当日。

ヴァイオレットのクラスは、物珍しさと社交の場として大盛況だった。

噂を聞きつけた野次馬の多くは――「ルシアンが女装するらしい」という話題に引き寄せられていた。


だが、まず目を引いたのはヴァイオレットの執事姿だった。

黒の燕尾服に身を包み、堂々とした所作で給仕をこなす姿は、まるで本物の執事のよう。


 

「……あー!飲食店でバイトしてたの思い出すなー」


 

心の中でしおりが呟き、懐かしい感覚に浸っていた。


その時――。

ルシアンが姿を現した。


深い漆黒の髪に、白いカチューシャが眩しく映える。

青みを帯びたグレーの瞳は冷静さを保ちながらも、黒いワンピースと白いエプロン姿に包まれると、知的でミステリアスな雰囲気を醸し出していた。


 

「この俺がまさか女装するなんてな」


 

ルシアン――そしてその奥にいる神楽坂蓮は、心の中で苦笑していた。


だが、役者として培った蓮の演技スキルと、ルシアンの品性が合わさることで、彼の姿はただの女装では終わらなかった。

その給仕は、まるでメイド長のような品格を備え、来場者を圧倒していた。


一方、アメリアはローゼン系から借りた執事服に身を包み、男装していた。

あどけない顔立ちが少年のように映え、女性客からは「可愛い!」と黄色い声援が飛んでいた。


笑いと歓声に包まれ、クラスの企画は大成功に見えた。

しかし――事件は起こった。

文化祭の喧騒の中、事件は突然起こった。

熱々の紅茶がアメリアの肩にかけられ、彼女は小さく悲鳴を上げた。


「熱い!」


場は騒然となり、視線が一斉にアメリアと紅茶をかけた女性客へと集まる。

女性客は冷笑を浮かべ、声を張り上げた。



「こんな何処の馬の骨か分からない者が入れたお茶なんて頂けませんわ!」


そして残りの紅茶を床にざらりとこぼす。

濡れた絨毯に紅茶が広がり、空気はさらに重苦しくなった。


「コノヤロー!」

しおりは拳を握りしめた。だが、ここで表に出たのは“お嬢様チート”ヴァイオレットだった。


彼女はアメリアを庇うように前へ進み、笑顔の仮面を貼り付ける。

「これはこれは、マーゴット男爵令嬢ではございませんか!」

大仰な態度で、自分より格下の令嬢に頭を下げる。


その間にルシアンはアメリアを奥へと連れて下がり、彼女を守る。


ヴァイオレットは執事の格好をしていても、公爵令嬢。

「うちの者が失礼しました。代わりのお茶をお入れしましょう」

その言葉は冷静で、場を収めようとするものだった。


だが、マーゴット嬢は引かなかった。

「由緒ある公爵位をもつローゼン家が、庶民上がりの肩を持つなんて如何なものですかしら?

ヴァイオレット様。御品格を疑われましてよ?」


嫌味を言い放つその声に、クラス全体がざわめく。

アメリアを傷つけられた怒りに臓腑を滾らせながらも、ヴァイオレットは冷静に対応する。

執事らしく礼をして頭を下げ、濡れた絨毯を見やりながら、静かに言葉を選ぶ。


「……この場を整えるのも、執事の務めでございます。どうぞお見守りくださいませ」


その一言に、場の空気は再び張り詰めた。


私は静かに屈み、胸元のスカーフをひらりと取り出した。

濡れた絨毯の上にそれを被せ、にっこりと笑顔を貼り付ける。


「応急処置でございます。せっかくのお靴が濡れませんように」


格上の私が頭を下げた瞬間、マーゴット嬢は調子に乗った。


「早く新しい紅茶を持ってきてくださらない? ここは“執事・メイド喫茶”なのでしょう?」


腕を組み、私を見下すその態度。

――それが彼女の運の尽きだった。

『悪役令嬢ヴァイオレット・ド・ローゼン』に喧嘩を売るなど、愚かにも程がある。


「はい!すぐにお持ちします」

私は朗らかに答え、踵を返して奥へ引っ込んだ。


しばらくして、カートにティーカップとポット、そしてクッキーを乗せた皿を持って戻る。

恭しくカップを置き、紅茶を注ぎ、クッキーを厳かに差し出した。


「こちらはお詫びのサービスでございます」


ロゼッタ嬢は何も疑わず、上機嫌で紅茶をすすり、クッキーを口にした。

「まぁまぁですわね。さすが、ローゼン様の入れたお茶ですわ」


だが、店内に響くのは嘲笑とヒソヒソ声。

異様な雰囲気に彼女は居心地の悪さを覚え、顔を赤らめて叫んだ。


「な……なんですの!? 私を笑うのはどなた!?」


私は大袈裟に手を振り、一礼して口を開いた。

「あぁ!私としたことがご無礼を! 間違えて庶民も買う低価格の茶葉でお茶を出し、庭にいる猫に与えるクッキーをお出ししてしまいました!」


芝居がかった言い方で、彼女のカップと空の皿に視線をやる。

「しかし、マーゴット嬢はお気に召したようで何より。庶民以下の舌をお持ちで安心しました。しっかり全て召し上がってますからね」


私は『氷の微笑』を浮かべ、彼女を見下した。

真っ赤になったロゼッタ嬢は言い返そうとしたが、私が耳元で囁くと、顔色を青くして叫んだ。


「失礼しますわ!」


彼女は慌てて店を出て行った。

私は笑顔でその背を見送り、静かに息を整える。


あわててクラスメイトたちが床を拭き、テーブルを片付け始めた。

――貴族社会において家格は何よりも尊重される。

国内トップクラスの私に、片付けをさせるわけにはいかないのだ。


私はただ、氷の微笑を崩さぬまま、場を支配していた。


「アメリア!大丈夫!? 」



 慌てて奥にいるアメリアに声をかけたが、そこに彼女はいなかった。 代わりにいたのは推しメン・ルシアン様。


彼女は他の生徒が医務室に連れてったよ。


ルシアン様は笑いを堪えながら、そう言うと、


昔の君が出てきたね。


いや、昔とは違うか。正義感から出た行動だろうし…


ルシアンはそう言うと

ヴァイオレット顔をまっすぐ見て


 

「高慢で高飛車で意地悪な君、庶民的に屈託なく笑う君、公爵令嬢として申し分のない発言や微笑みを浮かべる君、どれが本当の君?」


 

ルシアン様の質問が、胸にグサリと刺さる。


 

「それは…」


 

と、言いかけたところで、クラスメイトが顔を出し、


 

「ローゼン嬢とバルモン卿にご指名です!」


 

と声をかけられ、私は


 

「はーい!ただいま伺いますわ!」


 

と、逃げ出す口実ができてかいつもより陽気に返事をする。

 


「それでは、ルシアン様、お話はまた後で…」


 

と言って、私はルシアン様を置いてホールに戻った。


ホールに足を踏み入れた瞬間、三人の視線が一斉に私に注がれた。

レオン様、ノエル様、ユリウス様――それぞれが別々の席に座りながらも、まるで舞台の観客のように私を見ていた。


その中で、最初に声をかけてきたのはレオン様だった。

彼は腕を組み、鋭い眼差しで私を見据えていた。

「……さっきのやり取り、見ていたよ。マーゴット嬢をああまで追い詰めるとはな」


私は執事らしく一礼し、『氷の薔薇』と謳われた微笑を浮かべる。

「お客様にご満足いただくのも執事の務めでございます。ですが、あの方には少々“特別なサービス”を差し上げましたの」


レオン様は口元をわずかに歪め、笑うとも呆れるともつかぬ表情を見せる。


 

「君は本当に……恐ろしい。公爵令嬢としての威厳を保ちながら、庶民的な機転で相手を打ち負かす。どちらが本当の君なのか、俺には分からない」

 


その言葉は、先ほどルシアン様に突きつけられた問いと重なり、胸の奥に再び刺さる。

私は一瞬言葉を失い、紅茶を注ぐ手に力が入った。


 

「……本当の私、ですか」


 

私は小さく息を吐き、微笑みを貼り付けたまま答える。


 

「それは、きっと皆様が見極めることなのでしょう。私はただ、この場を楽しむだけですわ」

 


レオン様はしばし黙り込み、やがて低く笑った。


 

「なるほど……君らしい答えだ。だが、俺は君の“氷の微笑”よりも、庶民的に笑う君の方が好きだな」


 

その言葉に、胸がどきりと跳ねる。

私は慌てて姿勢を正し、執事らしく恭しく頭を下げた。


 

「……お褒めいただき光栄です、レオン様」


 次はノエル様の席へ向かった。

場はざわめきながらも、次第に落ち着きを取り戻していく。


そんな中、ノエル様が軽やかに手を挙げて私を呼んだ。


 

「ヴァイオレット嬢――いや、今日は執事殿と呼ぶべきかな。さっきの一幕、見事だったよ」

 


私は恭しく一礼し、執事らしい所作で彼の前に立つ。


 

「お褒めいただき光栄です、ノエル様。少々芝居がかった対応でしたが、場を収めるためには必要でしたの」


 

ノエル様は口元に笑みを浮かべ、紅茶を一口含んでから言葉を続けた。


 

「君は本当に面白いね。公爵令嬢としての威厳を保ちながら、庶民的な機転で相手を打ち負かす。まるで舞台の役者のようだ」


 


私は肩をすくめ、茶目っ気を込めて返す。

「文化祭ですもの、少し遊び心も必要ですわ。ノエル様も、ぜひ執事役をお試しになってみては?」


 

ノエル様は声を立てて笑った。

「僕が執事を? それは似合わないだろうね。でも、君が楽しんでいる姿を見るのは悪くない」


 

その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。

氷の微笑を浮かべながらも、私はほんの一瞬、庶民的な笑みをこぼしてしまった。

 

ノエル様はその笑みを見逃さず、楽しげに目を細める。


 

「やっぱり、そっちの笑顔の方が好きだな。高慢な仮面よりも、屈託なく笑う君の方がずっと魅力的だ」


 

私は慌てて姿勢を正し、執事らしく頭を下げた。


 

「……お褒めいただき、ありがとうございます。ですが、どちらが本当の私かは――まだ秘密ですわ」


 

ノエル様は紅茶を置き、軽く肩を揺らして笑った。

 

「秘密のままでもいいさ。その方が、君らしい」


 私は笑うノエル様に軽くウィンクして


「まだ接客が残ってますの。失礼しますわ。」



ユリウス様の席へ向かうと、開口一番、彼の声が鋭く飛んできた。


 

「ヴァイオレット、この茶器はどこから?」


 

押し殺した感情が滲むその声に、私は思わずキョトンと答える。


 

「実家にあった、使っていなかった茶器を拝借しただけですが……何か問題でも?」


 

するとユリウス様は胸元からスカーフを取り出し、茶器を大事そうに包み込んだ。


 

「今すぐこの茶器を回収して、実家に戻しなさい! これはローゼン家が功を立てた時に国王陛下から直々に下賜された、ローゼン家家宝の茶器だ!」


 

珍しく怒号が飛び、私は息を呑んだ。


 

「それをお前が知らないはずはないんだが?」


 

疑わしそうな眼差しが、私の心を射抜く。


慌てて首を振り、必死にとぼける。


 

「似たような茶器が多くて……間違えただけですわ」


 

知らぬ存ぜぬを決め込むしかなかった。


ユリウス様はしばし沈黙し、疑わしげに私を見つめ続ける。

やがて低く呟いた。


 

「……まぁ、マーゴット嬢に対しての対応は、昔のお前がかいま見えたがな」


 

その言葉に胸がざわめく。

氷の微笑を浮かべていたはずの私の仮面が、ほんの一瞬揺らいだ。


 

「……昔の私、ですか」


 

私は紅茶を注ぐ手を止め、視線を落とす。


ユリウス様は茶器を抱えたまま、真剣な眼差しを向けていた。

その視線は、家宝を守る責任と、私の変化を見極めようとする兄の眼差しだった。


私は再び微笑みを貼り付け、執事らしく一礼する。


 

「ご心配をおかけしました。茶器はすぐに戻しますわ。……ですが、マーゴット嬢への対応は、必要な演出でしたの」

 


ユリウス様は深い溜息をつき、茶器を抱えたまま視線を逸らした。


 

「……やはり、君は昔のままなのかもしれないな」


 

その言葉が胸に重く響き、私は氷の微笑を崩さぬまま、心の奥で小さな痛みを抱えていた。

 

 「昔のヴァイオレット」


 ――その響きが、私の胸に深く突き刺さった。

ユリウス様の言葉が頭の中で反響し、心をざわめかせる。


ヴァイオレットになって、ひとつだけはっきりと分かったことがある。

それは、公爵令嬢として背負わされるプレッシャーだ。

立場が高ければ高いほど、人々の態度は変わる。

近づいてくる者は、笑顔の裏に打算を隠し、言葉の奥に欲望を潜ませる。

彼女はそれを冷めた目線で捉えていた。


公爵令嬢として生きるしかない人生のレール。

そこから外れることは許されず、ただ役割を演じ続けるしかない。

だからこそ、彼女の意地悪や高慢な態度は、孤独とプレッシャーが築き上げた防壁だったのだ。


私は紅茶を注ぐ手を止め、ふと自分の胸に問いかける。

(……本当に意地悪だったのか? それとも、孤独を隠すための仮面だったのか?)


氷の微笑を浮かべるたびに、心の奥で小さな痛みが走る。

それは、ヴァイオレットの仮面をかぶった私自身が、彼女の孤独を追体験している証だった。


「昔のヴァイオレット」

 ――その言葉は、私に彼女の本質を突きつける。

冷酷に見えた態度の裏には、誰にも寄り添えない孤独と、背負わされた家格の重みがあった。


私は静かに息を吐き、執事としての礼を保ちながらも、心の奥で決意を固めた。

(彼女の仮面を、私が少しでも変えてみせる。孤独を、違う形に塗り替えてみせる)


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