時間泥棒
「泥棒だ。時間泥棒に盗まれた!」
受話器からは、毎日のように同じ怒鳴り声が響いてくる。
私はそれにうんざりしていた。
この世界は、明らかな無駄な時間に溢れている。
街中の宗教勧誘や否応なく流れる広告。
いつからか、それを体験すると人は、急激に老け出した。
ある青年は一晩で白髪に、
ある少年は声変わりと共に身長が伸びた。
被害者たちは、共通して語った。
「目にも止まらぬ速さで動く人影、時間泥棒を見た」と。
──ぷるるっ。
また、受話器が鳴り響く。
私は深くため息をつき、それを取る。
その瞬間、不思議な風がふわりと室内を撫でた。
時計の針が一瞬だけ逆回転し、書類がひらりと舞った。
思わず窓のほうを見る。
するとカーテンの端に黒い靴先のようなものが見えた気がした。
その日の電話番は、数件の短い通話が機械的に終わった。
翌朝、私は絶句する。
頬がたるみ、首筋には細かな横ジワが浮かんでいた。
それでも私は、小さく笑った。
そうして街では、徐々に騒音が減り、立ち止まる人が増えた。
時間を盗まれないよう、人は話を聞くようになり、急がなくなった。
時間泥棒は確かに奪っていった。
だがそれは、せわしなさと鈍感さだったのかもしれない。
この世界は、静かにやさしくなっていった。




