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反響する影

戦いを終え、運は陽炎と別れ、

同じ魔械乗りのボロフや

艦長のミルリスと、つかの間の

平穏を噛み締める。

しかし、ユーテリスの頭上に

不穏な影が迫っていた───


「ありがとうございます…でも、なんでスマホを?」


少女は不思議な目で俺を見つめる。

その目には、少しの恐怖が含まれていた。視線が泳ぎ、声が震えている。突然現れ、ここに連れてきたのだ。無理もないだろう。


「君をここに連れてくる途中、画面が割れているのが見えた」

「…あ、ホントだ」


スマホを取り出し、少女は呟いた。

黒いガラスに数本の亀裂が見える。まるで彼女の不安を移しているようだ。あのとき見えたのは間違いではなかったようだな。


「気持ちばかりの謝罪だ。使わないなら捨ててもらってかまわん」


そう言い、少女に背を向ける。

どこか優しい視線を服越しに感じた。一瞬、踵が揺れる。過去の記憶が、呪いの様に足を掴んだ気がした。

しかし、そのままの足取りで別の場所に向かう。


「…俺も未熟だな、過ぎたことを引きずるとは」


一際広い扉を通れば、先ほどまで乗っていた白い魔械が俺を出迎える。魔械の回りには多くの整備士が集まっていた。


「整備ご苦労。状態はどうだ?」

「中の下ですね…あれほどマニピュレーターで殴るなって言いましたよね?」

「…そうだったな」


俺の言葉を聞くと、整備士はタバコを取り出す。

無言の目配せに、俺は指先から火を出した。


「感謝します、ふぅ…そろそろ炎使いを配備してくれませんか?」

「それは艦長殿の采配だな…」


鼻につく臭いが、鉄と油に混じっていく。いつも嗅いでいるが、まだ慣れない。


「整備士も大変ですよ…魔械が壊れなきゃサボり。壊れたら壊れたでサボりって」

「誰がそんなことを?」

「少なくとも、ユーテリス(ここ)のやつらじゃないですよ!」


整備士は腹を抱えて笑った。

そしてタバコを吹かせつつ魔械へ向かっていく。

立ち上る煙がまっすぐ、空調機に吸い込まれていくのが見える。


「おっ疲れさん!今回はちゃんと護衛対象だったな?」


遠くから聞こえる整備士たちの声を聞きつつ、煙の行く末を見ているとお茶らけた声と共に肩に衝撃が入る。


「お前は…ボロフか」


顔を見れば、同じ魔械乗りのボロフのようだ。

いたずらをしに来た子供のような顔でこちらを見ている。


「なんだよ~!せっかく労ってやろうと思ったのによ…」

「まさか、労うためにそれを使うのか?」

「あたぼうよ~…っと♪」

「……」


ボロフは突然、口元に飴を差し出した。

もう片方の手にはシミュレーションゲームが握られている。


「甘いもんは効くぜ、疲れた頭には特に…な?」

「…いただこう」


口の中に半透明の甘い硝子を入れる。

どこか安心する味だ…たまには甘味も悪くないかもな。

ここ数日は張り込みや偵察、戦闘などが続いていて休憩という休憩が出来ていなかったのかもしれない。


「んで、どうよ?」

「何がだ?」


ボロフの問いかけに食い気味に答える。

主語を入れずに質問するのはこいつの悪い癖だ。


「なにがじゃねーって!あの護衛対象のこった!」

「…呉束陽炎のことか」

「なにもねぇってこたぁねぇだろ?」


まるで子供のような目で聞いてくる。

恐らく何か恋愛的な事を期待しているのだろう。戦場でそんなことを考えるにはこいつくらいだ。


「あいにくだがなにもない。あくまでも護衛される者とする者の関係だ」

「そう言うやつほどなるんだぜ~?」

「それはフィクションの見すぎだな」

「つまんね~やつ~。仕事人間がよ~」


そっぽを向き悪態をつく。

勝手に聞き勝手に期待しておいてその言いぐさか…一応階級では上官なのだがな。


「にしてもこの魔械…えーっと[ブランリート]、だったか?」

「あ、あぁ。試作魔動エンジンを積んだHタイプ最新鋭機だ」

「ほ~ん…そんで乗り心地は?」


ボロフは話を変えるように質問する。

乗り心地は?と聞かれても…ボロフの適正は雷魔法、だから乗れないはず。Hタイプは火魔法専用の機体だ。


「…まぁ上々だ。今までのHタイプとは違う、間違いなくな」

「うちの子も新作出して欲しいもんだぜ…」


鉄がぶつかり合う音が響く中、軽口を叩き合う。

しかし…今ボロフが乗っている機体は火力、防御力共に最高水準のはずだが…


「完成されたあれ以上にか?」


俺の言葉を聞くとボロフはニヤッと笑った。

まるでその質問を待ってました、と言うように。


「俺から言わせりゃ…火力が足りねぇな」


俺の顔を見ていないのか、したり顔でボロフは言う。

恐らく、後ろから響いてくる足音に気付いていないのだろう。だんだん近付いて来る足音はボロフの背後で止まった。


「何が…足りないと?」


しばしの静寂を破るように、ボロフ後ろ側から低い声が格納庫に響く。

顔を見れば副長が立っている。笑顔ではあるが…目が笑っているように見えないな…

ボロフもその声の主に気付いたのか、顔から血の気が引いていくのが見える。


「私とて現場の人間だ、聞こうじゃないか。何が足りないか…ね」

「い、いや~…何でも、ありません!」


一際大きい声が響く。

その声を聞いた副長は一度、ブランリートの方を向いた。

何か思い出したのか、顔をこちらに向ける。


「杏乃少佐、ボロフ少尉、至急艦橋へ向かいたまえ」


そう言い残し副長は、足早に格納庫から影を消した。

突然のことに二人で十秒ほど立ち尽くしてしまった…


「…とりあえず、行くのか?説教コースだろこれ…」

「行くしかないだろう…上官の命令だ」


二人で艦橋へ向かう。

ある程度廊下を進んでいると、違和感のある足音が混じってきた。

俺やボロフの靴からは鳴らない…まるでローファーの様に硬い厚底の足音。


「ボロフ…靴を変えたか?」

「さぁな。大方、お姫様が家出しようとしてるとかな?」


ボロフも大方足音の主に気付いているようだ。

通路を進んでいると、ひときわ目立つ学生服がちらりと見えた。ボロフも見えたのか目配りを俺に送る。


「そこの学生服、止まれ!」


俺の声を聞くとピタッと動きを止めた。

勝手に出るな…とは言っていないが、ここは危険なものも多い。


「なぜここに居る!呉束陽炎!」

「あ…杏乃さん」


やはり、そこには護衛対象(くれたばひえん)がいた。

抜け出した…と言うにはさほど拘束はしていなかったな。しかし軍艦内を民間人がうろちょうするものではない。


「君がVIPちゃんか…案外かわいいじゃんかよ、なぁ運」

「かわっ…!そんなことを言っている場合かボロフ!」


問題はなぜ彼女が自室を出て、ここに居るのかだ。

どんな理由があろうと民間人の自由は少なからず奪わねばならない。


「なぜ自室を出た、答えろ」

「そ、それは…ちょっとトイレに…みたいな」


呉束は言葉を濁す。

トイレに行くためにここまで来る必要はない。もっと言えば自室には備え付けがあるはずだ。


「下らん嘘はやめろ」


視界の端から、微かにボロフの怖いと言う声が聞こえた。


「えっと、ミルリスちゃんに呼ばれて」

「艦長に?」


ばつが悪そうに呉束は答える。

最初からそう言えば強く言うつもりはなかったのだが…


「だったら艦橋だろ?なら向かう先は一緒だなVIPちゃん」

「そのようだな。ならばついてこい」

「だってさ~♪ナイト二人でご案内いたします。プリンセス」

「ありがとう、ございま…す?」


ぎこちないお礼をする。

まるで蛇に睨まれた蛙だ、少し強く言いすぎたか…


「…ボロフ」

「んあ?」

「呉束に飴を渡してやってくれ。余ってるだろう?」


呉束に聞こえないように耳打ちする。

できれば自分で渡したいが…あいにく手持ちがないからな。ボロフなら何個か余っているだろう。


「…VIPちゃん、口が寂しくないかい?」

「え、私ですか?」

「飴ちゃんやるよ、甘いものは安心するし、な?」


呉束は微かに震える手で、甘い硝子を口に運ぶ。

その顔には笑みが再び浮かび上がった。年相応の、普通の笑みが。

それから艦橋につくまで言葉は交わさず、代わりに息づかいだけが交わされた。三人分の足跡は艦橋の入り口で途切れる。


「失礼します」

「しっつれいしまーす」

「お邪魔…します」

「よく来たナ!適当に入ってくれ!」


扉をくぐれば、ミルリス艦長が俺たちを笑顔で出迎えた。

幼い手には複数の紙束が抱えられている。


「早速だが…運少佐とボロフ少尉のはこれだナ」

「…これは?」

「護衛任務でこれから向かう地点だゾ!イレギュラーがナい限りはこれで動くからナ」


紙には世界地図と共に、赤い点線で道が引かれている。

これから向かう先は中立国のルルッシュのようだ。昔、一度行ったことがあるな…いい思い出とは言えんな。


「呉束はこれだナ、ユーテリス(ここ)のルールだゾ!」

「…意外と少ないんですね。三つだけ」

「完全独立部隊だからだゾ、まぁそれ以外は自由だからナ」


呉束の紙を見ると、大きな文字で三つの項目が書かれていた。

喧嘩をしない、物を壊さない…そして


「…死なない…か」

「艦長さん…これ最後が一番難しいじゃないの…?」


ボロフの言葉にミルリス艦長は笑って返した。

軍人として当たり前の事ゆえか、ミルリス艦長の性格ゆえか…

それにつられて呉束も笑みをこぼしている。戦闘のない艦の平穏。


その平穏を一つの警報が引き裂いた──


「──敵艦反応!直上一隻です!!」

「ッ戦闘態勢!運少佐とボロフ少尉はすぐに出撃を!!」

「了解!!」


運は俺を待たずに艦橋を飛び出した。

俺も少し遅れつつも後を追う。やっぱり仕事人間はせっかちなヤツが多いな、苦労しちゃうぜ…!


「早くしろボロフ!」

「分かってるっての!!」


一際大きな声が、廊下を震わせる。

まったく…こちらに顔も向けずに言ってくれちゃって。

ま、早くしないと沈んじまうからしかたねぇけどな!


「おせぇですよボロフ少尉!いつでも出せますからね!」

「サンキュー整備士のおっさん!」


格納庫に続く扉の前では、若い整備士が腕を回しているのが見えた。

何人ものクルーが格納庫に集まり魔械を誘導している。最近は運ばっか出撃だったし…久しぶりに乗るな~♪


「さて…久しぶりのコックピットはどんな音が聞こえる?」

[型式番号B-205…起動シマス]


コックピットに光が灯る、俺を歓迎するようにな。

さてと…安全確認だ、シートベルトよし!出力よし!


「………今日もいい音だ!」

『ボロフ少尉!運少佐に続いて発艦してください!』

「オーケーだ、轟く雷鳴を見せてやるよ!」


魔械の足がカタパルトに接続され、ハッチが開きランプが緑に点滅する。

ガコンッ!く~…この音だ!俺を戦場にいると実感させる音!興奮で手が震えやがるぜ!!


「ふぅ……ボロフ少尉![ドナッシュラグ]!出るぞ!!」



目の前の視界は、鉄の根城から青が広がる空に変わった。

ボロフの駆る魔械ドナッシュラグ、その性能とは?

ユーテリスの頭上に迫る戦艦とは?

戦いが死を招き、死が戦いを正当化する。

守られる少女は…反響する雷鳴に何を見るのか?


次回マギア=マキナ

「交差する母艦」

敵の目的、そして正体が…今明かされる

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