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消える境界

鋼の船が空を行く

雲を突き抜け少女の場所へ

普通と違うこの船で…

彼女は…鋼の船で何を感じるのか──?


「敵魔械、信号ロスト」


その一言で張り詰めた空気が緩む。

皆が安堵の声を漏らし、軽口が艦橋の空気を変えていった。


「ユーテリス、ランデブーポイントまで一八〇〇」


定型句のような言葉が飛び交い、静かな艦橋で反響する。

陸の遥か上の空、ボクの船(ユーテリス)は雲の海を進む。


「ン、ならこのまま前進。運少佐を回収するぞ」

「ラジャー。ランデブーポイント到着予測…五分後」

「整備班に通達。すぐに整備できるように準備しておけ」


慣れた調子で副長が指示を出す。

皆がそれに答え、無駄のない動きで艦が息づく。

前方に広がる澄み渡る青空が、ユーテリスを迎えた。


「う~ん……今日もユーテリスは、元気そうだナ!」

「ミルリス艦長。作戦の再確認を」

「え…ボク疲れてるンだけど?」


体を伸ばしていると副長が話しかける。

なんでも今回の作戦を再確認するようだ。

さっきの戦闘の疲労も癒えてないのにと、少し悪態をつく。


「護衛対象は今、運少佐と接触している。このまま行けばユーテリスに搭乗できるはずだ」


ボクの言葉を右に流し、副長は話を続けた。

副長の言葉と共に、手元の画面に画像が映し出される。

護衛対象の容姿と名前、理由。そして敵対組織の情報だ。

なんでだ…?護衛対象の瞳に、嫌なものを感じる。

忘れたはずの記憶が蘇った感覚がする、胸の奥が気持ち悪い。

懐かしく感じる汗が頬を伝う。

まるで虫でも食べたみたいだ……


「この目…」

「どうした?」


「アイツみたいだ…」


一瞬ボクは、すべての音が止まった気がした。

ユーテリスの鼓動のようなエンジン音も。

いつもは鬱陶しい電子音も。

うるさい小言を言う副長の声も。

無意識に小さくこぼした声が、鼓動と電子音が響く艦橋で聞こえたのだろうか?


「…この子が護衛対象だな。彼女は複数の魔法を高出力で使用できるらしい」

「複数の?魔法は一人一種類じゃないのか?」

「故に、狙われているそうだぞ?」


副長は少し強めに言葉を発する。

その言葉にボクは声を静めた。電子音や体を揺らすユーテリスの鼓動が艦橋を包む。


「報告。運機の信号を確認」

「ン!本当か!?」

「はい。距離一二〇〇」


長い静寂、通信士の声がそれを引き裂いた。

また緊張の糸がピンッと張り詰める。

ならば──

ボクは少し息を整えて、艦橋にいつもの笑顔を戻した。


そして明るく、操舵手に指示を送った。


「速力上昇だゾ!五分じゃなくて三分で迎えに行くからナ!!」


司令と同時に、艦が呼吸をするように揺れる。

そう言うと前方に広がる青空が、白い雲に向かい映り変わっていった。

いつ見ても見惚れてしまう景色に、胸が高鳴った。

しかし…一つの不安が頭をよぎる。


「…今接触している子がまた、呉束陽炎(ごえいたいしょう)じゃなければ」

「出来れば考えたくないだろう、今は目の前の目的だ」


副長が冷たく答える。

不安を落ち着かせていると、大きな電子音が耳に入る。気付けば艦はランデブーポイントの上空に到達していたようだ。

そして雲の床に大きな穴を空け、大地に向かい沈んで行く。

それと比例するようにユーテリスの大きな鼓動がボクを震えさせた。


「ミルリス艦長。回収班、準備できています」

「そうか…いや、ボクが出迎える!」

「えっ!しかし、艦長自ら行くことは…」

「いいや、出迎えるからナ!」


ボクは胸の奥の不安を紛らわせるように言った。

何人かのクルーが目を見合わせた。

一瞬、先ほど強ばった空気が緩む。

ボクはその隙を逃さず扉へ向かう。横に居た副長は、呆れたようにため息をついた──


ボクからすれば大きい道を真っ直ぐ進む。

きっと大人からすれば、狭いんだろう。

突き当たりにつくと、大きな扉が目の前に続く外への道を塞いでいる。


「…まさかナ。あいつは死んだはずだ」


誰も居ないことを良いことに声を出す。

不安は消えるどころかますます大きくなっていった。

消したい記憶ほど、心の裏にへばり付くと言うが…


「ここまで厄介な汚れとは聞いてないゾ……ン?」


大きな音が耳に。大きな揺れが体を揺さぶる。

前に視線を向ければ、大きな扉が開き始めている。

扉の隙間から冷たい風が吹き込んだ。

服をはためかせ、髪をオールバックにする。

少し目を凝らせば、遠くに運の魔械がこちらに手を振っていた。


「オ~~イ!!護衛対象は無事ナのかー!!?」


精一杯の大声で叫ぶ。

どうせ艦の音でほとんど聞こえていないだろうが、そんなことはどうでもいい。それでも声を出し続ける。ボクはユーテリスの艦長だから。


「──運少佐!」


艦から声を上げると、魔械の顔がこちらに向く。

まるで、やっと来たか。そう言うように白い魔械は近づいてくる。手には一人の少女の姿が見えた。

あれが護衛対象…呉束陽炎本人なのか?遠くにいるし、風が強いからまだ判断が出来ない。


『ミルリス艦長。作戦、完了しました』

「ねぇ!さっきから聞いてるでしょ!護衛ってなんなの!?いい加減教えてよ!!」

『それは…今は言えん。何度も言っただろう』


運少佐の言葉が風やユーテリスの音に混じり耳に届く。

彼の性格を考えると仕方ない言い方な気もするが、何も言ってないのはダメだ。

…本人なのかは、会えばわかるはずだ。今は運少佐に言うことがある。


「……お帰りだゾ!運少佐!」

『はっ!杏乃運少佐、ユーテリスと合流します』


白い魔械が甲板に足を乗せる。

強い揺れと、服をなびかせる風が辺りを包む中。少女は地面を、鉄の手から木材の広場に変えた。白い魔械は仕事を終え、自身の部屋に戻るように格納庫へ向かった。

甲板を歩む少女は、少し転びそうになりつつもこちらに近付いてくる。

風でなびくスカートを押さえつつ一歩、一歩、ゆっくりと──


──けれど私は船の上を、一歩ずつ確実に進む。白い巨人の腕から下ろされて、辺りを見れば木の地面が広がっている。吸い込む空気に、油と鉄が混じってる感覚。喉で違和感を感じた。

揺れも凄い。立っているのがやっとなくらいで、気を抜いたらすぐに倒れてしまいそう。


「ここ、どこなの?」


霧のようなモヤが辺りを包んでいる。

目を凝らさなければ、方角を見失ってしまいそうだ。

何度か見回すと、霧の中に小さな人影が見えた。何か知っていないか聞きに行こう…!


「寒ッ…!」


冷たい風が吹く。なびくスカートを手で押さえる。

声を漏らしつつも揺れる地面の上でなんとかバランスを取る。

でも、歩くのはペンギンみたいになっちゃう…

ゆっくりと遠くに見えた人影に近付く。


「…あなたも護衛対象ってやつ?」


私は突然つれてこられた船の上で見つけた小さな子供に話しかける。

すると眉間にシワを寄せながらこちらを見た。


「……ボクの名前はミルリス、この艦の艦長だゾ」

「えぇ?あ、もしかしてそういうごっこ遊び?」


私の言葉に少女は、先ほどより大きくシワを寄せる。

中学生ぐらいの子がこの船の艦長と言ったんだから。私には…到底信じられない。


「…じゃあなんで私はここに連れてこられたの?艦長なら教えて」

「それについては運少佐と副長もいた方がいいからナ、後でだ」


ミルリスと名乗る少女は、バツが悪そうに反対側を向いた。

この子も理由を誤魔化して言わない。

やっぱり艦長ってのは嘘だったようだ。けど…運少佐ってあの白い魔械に乗ってた人よね?

私をここに連れてきた誘拐犯…じゃなくて軍人か。


「とりあえず、今はボクについてきてくれないか?」


ミルリスちゃんはそう言って船の中に入っていく。

私はその背中を慌てて追いかけた。

人二人がギリギリ通れるような、狭い鉄の通路を進んでいく。途中には食堂や医務室、宿舎などの文字が書いてある扉とすれ違う。


「お疲れ様です。艦長」

「ン、ゆっくり休め」

「お疲れ様…です?」


不思議なことに、すれ違う人々全員がミルリスちゃんに敬礼をしている。

私も見よう見まねで敬礼してるけど…わざわざごっこ遊びに付き合ってるの?軍人なんでしょ?


「不思議そうな顔だナ」

「えっ?…うん。だって軍人っぽい人があなたに敬礼してるでしょ?」

「当たり前だな、ボクは艦長だゾ?」


ミルリスちゃんはそう言いながら、突き当たりにある扉の前で歩みを止めた。

扉の文字を見れば、[艦橋、関係者以外立ち入り禁止]と書いてある。

私入って良いのかな…?あっ、でも護衛対象なら関係者か…


「…入らないのか?」


ふと気付けば、隣にいた少女は扉の奥に立っていた。

私は言われるがまま扉の境界をまたぐ。

視界にはいくつものモニターが忙しなく動いている。

まるでアニメで見る幹部会議みたいで、どこかワクワクしてるや…


「さて…本題を話そうか。主役は出揃った様子だ」


一人の屈強なおじさんが口を開く。

見た目はこの人の方が艦長らしい、そう思うのは私だけ?

ミルリスちゃんより似合う風貌だ…


「あぁ、単刀直入に聞く。君は呉束陽炎でいいんだナ?」


突然、ミルリスちゃんに名前を聞かれた。

しかしその顔は、先ほどまでの明るい子供の影は消え。軍人のような瞳で私を、じっと見つめる。

段々と、部屋の空気が重くなって行く。

近くに感じた少女は、今や遠い存在に見えた。


「そう…ですけど?」

「…そうか、なら話しは早いな。副長」

「えぇ、操舵手。第二戦速だ、空へ上がれ」

「呉束陽炎。君は俺についてこい」


私の答えを聞くと、言葉を挟む隙もなく次の行動を決められた。

呆然としていると船は大きく揺れ、一瞬転びそうになる。


「気を付けろ、君に怪我をされると困る」

「ありがとう…ございます?」


すんでのところで運さんが私の腕を掴んだ。

少し強い力で掴むから痛い、でも助けてくれたのは事実だ。

運さんはその流れで私を部屋から連れ出す。どこか急ぎ足で、さっき通った道を。


「…私はどこに連れてかれるんですか?」

「君が使う部屋だ」

「使う部屋…そこで暮らせってことですよね?」


運さんは私の疑問に、無言で頷いた。

そこからは私からも、運さんからもなにも言葉は交わさなかった。

コツコツと、鉄と靴が当たる音が大きく聞こえる。

油のような匂いが鼻を突く。

どこか生暖かい風が肌を滑る。

こんなに非現実的な場所にいるのに、何故か恐怖を感じない。現実と違いすぎて、まだ頭が理解していないのかも…


「…ここだ」


冷たい声が静寂を破る。

何でも部屋に着いたのかな?

そう思っていると周りよりちょっぴり綺麗な扉が開く。

中には不気味なほどに整えられた家具が並べられている。まるで一般的な高校生の部屋だ。


「呉束陽炎、渡すものがある」

「これは…?」


差し出された物を受けとる。

スマホだ、なんで今?別に今すぐ必要って訳じゃないけど…


「ありがとうございます…?なんでスマホを?」

「君をここに連れてくる途中、画面が割れているのが見えた」

「…あ、ホントだ」

「気持ちばかりの謝罪だ。使わないなら捨ててもらってかまわん」


そう言い残し、運さんは部屋を後にした。

あの人…もしかしてスッゴい不器用なのかな?

そう思いポケットから割れた画面を取り出す。亀裂の入った黒いガラスは、私の顔にも亀裂を作った。


「気持ちばかりの謝罪…か」


窓から外を見ると、今まで暮らしていた町はもう見えなくなっていた。

運さんは…ぶっきらぼうで、冷たくて、質問には全然答えない。

アニメでよく見るお堅い軍人、って感じの人… 

けど、きっと優しいんだ…


おらぁ!新キャラと情報の暴力を喰らえ!

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