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ヴィゴの笑顔をまだみたことがない

「おはようございます」


「おう。コーヒー頼む」


顔をあげもせず答えたのはヴィゴだ。

グレイのモス爺より黒っぽいけど似たようなうねりのあるグレイの髪と、ものすごく鋭い青い瞳の持ち主だ。

ぼくと同い年ぐらいのはずなのに、うんと年上にみえる。

ヴィゴはモス爺の孫だ。

魔術学校を出て王都の魔道具工房で働いていたけど、モス爺が倒れたと聞いて帰ってきたのだ。

詳しくは聞いていないけど、モス爺の息子さんは亡くなったらしい。

顔立ちは似ているけど、雰囲気は全然違う。

自然と敬語になってしまう迫力だ。


「コーヒー入りましたー」


いい匂いのコーヒーをみっつ入れて、ひとつをヴィゴの作業机の端に置いた。


「ありがとう、ローエン。爺さんと飲んできていいぞ」


「はい。そうさせてもらいますね」


ヴィゴは目つきは怖いが、親切だ。

工房の仕事というより、モス爺のためにぼくを雇い続けている気もする。

ぼくは店番をヴィゴに任せて、モス爺のもとへ向かった。


「おはよう!モス爺!コーヒーいれてきたよ」


モス爺は一命をとりとめた。

だけど後遺症が残り、右手と右足が不自由になった。

足はともかく、利き手が動かないのは工房主として致命的だった。

今は中庭で畑を作ったり、絵を描いたりしている。

趣味仲間だ!


「おはよう、ローエン。若い者同士、店でヴィゴと飲んできてもいいんじゃよ?」

「えー、緊張するよー。それより、もうすぐ描きあがる絵、今度持ってくるね」

「ヴィゴにも見せてやってくれ。あれもローエンの絵のファンなのに言い出せんようじゃ」


ぼくは笑ってごまかした。

ヴィゴの笑った顔をみたことがない。

とても、ぼくの絵みる?なんて言い出せそうにない。


ヴィゴは魔術学校の出だ。

つまり魔力を見ることや扱うことができる、エリートだ。

ぼくもモス爺に教えてもらって、配線が切れているとか簡単な不具合はなおせるようになった。

だけどおおもとに魔力を込めることはできないし、新しく作ることもできない。

それはモス爺も同じで、だから、修理工房なのだ。

でもヴィゴは、新しく作ることもできる。

これまで大きな街で注文しないと手に入らなかったものが、ここで頼めるようになる。

今はあまり知られていないけど、すぐに評判になるだろう。


「お店も忙しくなるなあ。あ、でもお弟子さんとか来るかも?」


「どうかな。あれは愛想がないが、優しい子なんじゃよ」


「わかるよ。そのうちきっといい娘さんがきてくれるよ」


奥さんとお弟子さんがきまったら、ぼくはまた職を探さないとね。

それまでは、ここでのんびり働かせてもらおう。


モス爺は大げさに頭を振って、缶に入ったクッキーを勧めてくれた。

さくさくの生地の真ん中にジャムがのっている。

宝石みたいな赤いジャム、オレンジのジャム、ブルーベリーの紫のジャム。

すごくきれいで食べるのがもったいない。


持って帰りたいな。


「持って帰るぶんもあるから、それは食べるといい」

モス爺が笑って言った。

お見通しだった。


さくさくてホロホロでジャムはこってりと甘い。

ぼくは出勤早々、美味しくお茶をした。



それから領収書と請求書書きをした。

取り寄せになる材料を注文に行く。

ついでに昼食の買い物もする。


「うーん、芋を使ってしまわないとね」


宿で鍛えられたおかげで、簡単な料理に困ることはない。


芋の芽をえぐってとり、モス爺の畑から収穫した葉物を洗う。

菜っ葉とハムを炒めて塩とトマト、チーズで味をつける。

ゆでたジャガイモが付け合わせだ。

それにさっき買ってきたパンとミルク。


モス爺ならともかく、ヴィゴは物足りないとおもう。

王都でおいしいものを食べていただろうし。

以前、宿の食堂で食べることもできると伝えたんだけど、無言で睨まれた。

かなり怖かった。

もう二度と余計なことは言わないでおこうと思ったぐらいだ。

几帳面そうだし、倹約家なのかもしれない。


「お昼ごはんできましたー」


工房に声をかける。

ヴィゴが作業を切り上げてダイニングにやってきた。


昼ご飯は三人だ。

朝にお茶を飲んで、昼ごはんを食べて、夕方にお菓子を食べる。

いいのかなとおもったこともあるけど、家族経営の工房なんてそんなものだとモス爺は笑った。

でも今はヴィゴもいる。

内心どう思っているんだろう。


仏頂面で黙々と食べている。

あまり食に関心がないのかもしれない。

ぼくも時間を忘れて食べそこなうことはしょっちゅうある。

モス爺はニコニコしている。

孫が戻ってきてうれしいのだ。


ヴィゴが結婚してひ孫が生まれたら、もっと元気になるかもしれない。


ぼくはちらりとヴィゴを見た。

青い瞳に射貫かれて、ぼくはパンを落としそうになった。


「えっと、口に合わなかった?」


「いや。うまい」


ヴィゴが低く言った。

とても美味しそうには聞こえない。


「ローエンは料理上手じゃ。うちに引っ越してくれんかのう」

モス爺はのんきに言った。


「ヴィゴが結婚するほうが早いかもね」


ガタンと椅子を引いて、ヴィゴが立ち上がった。

「ごちそうさま」

「あ、はい。お粗末様です」

ヴィゴはじろりとぼくを睨んだ。


「爺さんには普通に話すんだ。俺にも敬語はいらない」


ヴィゴに馴れ馴れしく話すのはかなり勇気がいる。

だけど、無理ですとも言いづらい。

「努力し、するよ」


ヴィゴは工房に戻り、モス爺は嬉しそうに頷いていた。

なんだか気疲れして、ぼくはふうと息を吐いた。

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