ローエン 15歳
ぼくは男爵位をもつ地方領主の次男に生まれた。
後継ぎは年の離れた兄だが、ぼくも大切に育ててもらった。
恵まれた環境だったと思う。
十五になれば成人して働くつもりだったのに、上級学校や軍学校への進学を勧めてくれた。
だけどぼくは役人になるのも軍人になるのもいやだった。
興味のないことを学ぶより、好きな絵を描いていたかった。
『勉強せずにほどほどに働いて、趣味で絵を描いて暮らしたい』
つねづね思い続けている、そんな本心はとても言い出せない。
下に弟と妹がいて学費もかかる。
水害対策の工事の計画もある。
次期領主の兄のすねをかじって好きなことをさせてもらうのはさすがに気が引けた。
「家を出て、町で働こうとおもうんだ」
ぼくは宣言した。
*
家族は心配した。
けれど、勉強も運動もぱっとしないぼくにはそのほうがいいかもと受け入れてくれた。
家同士のしがらみを把握することも、優秀な官僚たちのなかでのし上がることも、絶対に無理だ。
しばらく暮らせるお金と信用できる商家への紹介状。
精いっぱいの準備をしてくれたのがわかる。
着替えと同じぐらい嵩張っているのは画材だ。
放浪の画家になったみたいでいい気分だ。
景色のいいところでスケッチなんかしちゃったりするかもね。
元気にがんばると約束してぼくは出発した。
落ち着いたら連絡しなさい、困ったら帰ってきなさいという父上の言葉がうれしかった。
抱きしめてくれる母様のいい匂いと、涙で潤んだ緑の瞳をぼくは一生忘れない。
幸いぼくの瞳は母様譲りだ。
鏡に映せばいつでも面影は見つけられる。
だから、いってきます!
お金がもらえて休みの多い職場で、趣味で絵を描く生活を目指すよ!
絵描きで生きるのは大変そうだからね。
*
思っていたよりずっと、ぼくはだめな奴だった。
気が付けば怪我をして知らない町の神殿に保護されていた。
持たされた金を荷物ごと盗まれ、商家への紹介状もなくして。
強盗にあって川に投げ込まれたらしい。
生きて流れ着いたのは、幸運だった。
「名前はローエン。身寄りはありません。読み書きはできます。仕事を探しています」
神殿の人に礼をいうのもそこそこに、ぼくは泣きついた。
生家に戻るのはいやだった。
だってあんな感動的に別れんだ。
三日でなにもかもなくして帰ってくるなんて、あまりに情けない。
神殿に置いてもらいながら仕事を探す。
だけどなかなかみつからない。
よそ者の、やせっぽっちの十五歳。
今まで家の手伝いさえしたことがない。
ぼくより小さい子でももっと即戦力になるだろう。
しかたなく神殿の下働きをするうちに、顔なじみになった神官長が神官にならないかと言い出した。
痩せた彫りの深い顔で、難しいことを考えているのかいつも眉間にしわが寄っている。
だけど割と親切だとぼくは知っている。
どうやらどんくさいぼくが世の中でやっていけるのか心配になったようだ。
「ローエンは絵が得意なんだろう?子ども向けの説話の絵を描く仕事もある」
「ええー?ぼくにはもったいないというか、その」
説話の挿絵だけを描き続けるのは楽しくない。
神官の勉強はすごく大変そうだ。
きっと趣味の絵を描く暇なんてない。
それはいやだ。
『ほどほどに働いて趣味で絵を描きたい』
そのために家をでたのだ。
でも生意気に断って追い出されたら大変だ。
野垂れ死にしかねない。
困ったなあ。
宿屋の求人を知ったのはそんなときだった。
娘さんが嫁に行ってしまい人手がほしいという話にぼくはとびついた。
住み込みで食事つき。
休みは十日に一度、まあ、普通かな。
なにより小遣い程度とはいえ給料もある。
お金があれば、画材が買える!
ぼくは神官長たちにこれまでのお礼を言って別れを告げた。
といっても同じ町のなかだ。
すぐにまた会うだろう。
「お世話になりました!また来ます!」
「ああ、やっていけないようなら帰って来なさい。ローエン」
神官長が父上と同じことを言う。
ぼくのまわりには、心配性が多いみたいだ。