欠片
家の中に足を踏み入れると、そこには確かに“生活の跡”があった。
キッチンには使いかけの食器、リビングには整然と並べられたソファと古びたランプ。
洗面所には、まだ誰かが使っていたようなタオルが掛けられている。
……なのに、空気が“止まって”いた。
まるで時間だけが取り残されたかのように、人の気配はまるで感じられない。
(誰かが、確かに暮らしていた。でも今は、誰もいない……)
しばらく探索を続けていると――
一つ、明らかに異質な扉が目に留まった。
他の扉よりも重厚で、取っ手には金属の細工が施されている。
まるで、「この先は特別」と語るように。
四季はそっとノックする。
……返事はない。
ゆっくりと取っ手を回し、扉を押し開ける。
中は、書斎だった。
壁一面を埋め尽くす本棚。
中央には大きな机と、分厚い革張りの椅子。
その机の上に、ぽつんと一冊の本が置かれていた。
「……これは……?」
自然と、手が伸びる。
表紙は古びていて、ところどころ文字がかすれていた。
だが、中央にはこう記されていた。
「親愛なる僕へ」
「……読める?」
その瞬間、違和感が走る。
確かにこの文字は、現世のものでも、英語でもない。
未知の言語。にもかかわらず、意味が“分かる”。
(これは……まさか……)
四季はそっとページを開く。
中身は、日記のようだった。
⸻
•今日は新しい仲間ができた。
•初めて喧嘩をしたけど、今では大事な存在になっている。
•冒険は失敗ばかり。でも笑って前に進めるのは、仲間がいるからだ。
•そして――愛する人ができた。
•僕の世界は、彼女と共にある。
⸻
穏やかな筆致で綴られた日々。
だがページをめくるごとに、少しずつ空気が変わっていく。
やがて、最終ページに差し掛かった時――
四季の目が、止まった。
⸻
**「ようやく完成する。
みんなにはまだ言えていないが、完成の時、必ず“何か”が起きるだろう。
その時は僕が責任を取る。異世界に身を捧げる覚悟だ。
でも大丈夫。僕には信頼できる仲間と、愛する人がいる。
必ず戻ってこれる……必ず。
――from シキ」**
⸻
「……俺の、名前……?」
四季の手から、日記が滑り落ちた。
膝が崩れ、床に座り込む。
頭を抱えるようにして、息を詰めたまま動けなくなる。
(俺は……誰なんだ……?
この世界の人間なのか? それとも――)
世界の輪郭が、少しずつ歪み始める音がした。