導きの彼方
放課後。
教室には四季と優馬の二人だけ。
空は朱く染まり、窓の向こうに広がる夕焼けが眩しかった。
「じゃ、帰りますか」
「……ああ」
並んで歩く、いつもの帰り道。
言葉はないが、互いに気にすることもない。
この静かな時間が、むしろ心地よい。
四季は心の中で思っていた。
(やっぱり優馬がいると落ち着く……)
優馬は何も聞いてこない。
それが、四季にとってありがたかった。
彼は、自分のタイミングを待ってくれている。
しばらく歩いた後、四季は小さく息を吸い込み――
「なあ、優馬。聞いてくれるか」
「おう」
歩きながら、四季は語り出す。
繰り返し見る夢。湖畔にいる女性。
はっきりしない顔。忘れてしまう声。
そして昨日聞こえた、頭の中のノイズ混じりの呼び声――
すべてを、包み隠さず話した。
話し終えると、四季は不安そうに優馬を見つめる。
だが優馬は、いつものおどけた顔ではなく、まっすぐに四季を見て言った。
「……実は俺もなんだよ」
「え?」
「夢の内容は違うけどな。小さい女の子の手を引いて、どこかに向かって走ってる。でも、その先は思い出せねぇ。いつも途中で終わっちまうんだ」
「女性の声とかは?」
「それは無い。でも毎回同じ夢を見る。不思議だよな」
優馬がふっと笑った。
その笑顔を見て、四季の表情も少し緩む。
(話してよかった……やっぱり優馬は、優馬だ)
「同じような夢を見るとか、なんかすごいな」
「だろ? ……ま、俺たちって繋がってるんだよ、たぶん」
そう言って、優馬は頭の後ろで手を組み、歩き出す。
四季も少し遅れて、その背に歩幅を合わせた。
そのとき――
「……繋がった」
頭の中に、今度はノイズではなく、はっきりとした女性の声が響く。
「っ……!」
瞬間、目の前が歪む。
黒い光――いや、“闇”が、突然道の真ん中に現れた。
それはじわじわと膨張し、やがて人ひとりを飲み込めるほどの大きさになる。
2人はその場に立ち尽くした。
「な、なんだこれ……」
「……見えてるか? 優馬」
「……ああ。残念だけど、な」
四季は周囲を見回す。
だが、学生も会社員も誰も気づいていない。
まるで、自分たちにだけ見えている“異物”だった。
「……俺たちだけに、見えてる?」
優馬は苦笑しながら言う。
「夢の続きかもな。だったら……ちょっと嬉しいかも?」
その瞬間、闇の奥から声がした。
「シキ……! シキ!」
女性の声だった。
四季はピタリと動きを止める。
「……聞こえる」
「え?」
「俺の名前を呼んでる。確かに、誰かが……!」
「……俺には聞こえねぇぞ?」
四季の目は、もう目の前の闇に向けられていた。
ゆっくりと、吸い寄せられるように近づいていく。
「おい、やめとけって! 危ねえよ!」
肩を掴んだ優馬の手を、四季はそっと振り払った。
「俺は……確かめたいんだ。この声の正体を、夢の続きを」
優馬は迷った表情を浮かべたが、やがて苦笑する。
「ったく、お前ってやつは……」
一拍置いて、優馬は静かに言った。
「じゃあ、俺も行くよ。お前が行くならな」
四季が振り返る。
そこには、変わらない優馬の笑顔があった。
2人は肩を並べ、闇の前に立つ。
手を伸ばせば届く距離。
四季が一歩踏み出す。
「行こうか」
「ああ」
2人はその手を、同時に差し出す。
そして――闇に、引き込まれていった。
⸻
そして、別の場所で
「……お兄ちゃん?」
その瞬間、柚希は何か胸騒ぎを覚えた。
空を見上げると、夕焼け空は相変わらず美しく――
けれど、どこか“何か”が欠けたように思えた。