夢の輪郭と、日常の綻び
――静かな湖畔。
空は澄み渡り、柔らかな風が水面をなでている。
その岸辺で、誰かと楽しそうに笑い合っている。
けれど、その顔は霞んで見えない。
声は届くのに、何を話しているのか思い出せない。
なのに、どうしようもなく懐かしい。
暖かくて、失いたくないと思える時間。
「……また、夢か」
まぶたを開いた瞬間、すべてが霧のように消えていく。
「……お兄ちゃん! もう朝だよ!」
ドアの向こうから、柚希の声が響く。呆れたような、それでいてどこか優しい響き。
眠たげに目をこすりながら、四季はベッドから起き上がった。
「はいはい……今行くよ」
柚希は制服姿。中学生の彼女は、少し背伸びしたような表情をしていた。
「早く着替えて! 朝ごはん冷めちゃうよ。……ほんと、私がいなきゃダメなんだから」
ぶつぶつ言いながらも、どこか心配そうに階段を下りていく。
四季は制服に袖を通しながら、さっきまで見ていた夢を思い返す。
(あれは…なんだったんだろう)
でも思い出そうとするたびに、指の隙間からこぼれるように薄れていく。
⸻
ダイニングでは、母と父が新聞やテレビを見ながら朝の準備をしていた。
柚希はテーブルの向かいに座り、四季が来るのを待っていたようだった。
「今日も一緒に学校行こう?」
「うん、いいよ」
少し照れくさそうに言う柚希は、やっぱり昔と変わらず、どこか兄に甘えたがっている。
食事を終え、2人は一緒に家を出た。
⸻
登校中。並んで歩きながら、柚希がふと足を止めた。
「ねぇ、お兄ちゃん……最近、なんか元気なくない?」
「そうか? 大丈夫だよ」
「……無理してない?」
「……ありがとな、心配してくれて」
四季は柚希の頭にそっと手を置いた。
柚希は「ちょっ、崩れるからやめてよ」と顔をそむけながらも、どこか嬉しそうだった。
その時――
「柚希ー! 一緒に行こー!」
前方から手を振りながら、柚希の友達が声をかけてきた。
「うん、今行くー!」
柚希は四季に振り返ると、小さく「またあとでね」と言い、駆け足で友達の元へと走っていった。
⸻
一人になった四季が歩いていると、背後から元気な声が飛んでくる。
「四季ーっ!」
走ってくるのは、親友の嘉神優馬だった。
茶髪を立て、眼鏡をかけた明るい少年。
天真爛漫でクラスのムードメーカー。四季とは幼稚園の頃からの付き合いだ。
幼い頃の四季は一人でいることが多かった。
けれど、優馬はそんな彼に迷いなく声をかけてきた。
「なにしてるの?一緒に遊ぼ!」
それがすべての始まりだった。
同級生に絡まれた時も、優馬が間に入り、守ってくれた。
喧嘩しても、笑っても、いつも隣にいたのは優馬だった。
(正反対だけど、こいつとはずっと一緒にいるんだろうな――)
「今日も小テストあるっぽいぞ! 忘れてたろ?」
「……あぁ、そうだったな」
そんな他愛もない会話をしながら、2人は学校へと向かった。
昼休み
「やっぱここ落ち着くな~。食堂うるさいし」
屋上の風が心地よく吹き抜ける。四季と優馬は並んで腰掛け、それぞれの弁当を広げた。
「なあ、そっちのおかずひとつもらっていい?」
「……聞く前に取るな」
「いいじゃん減らないし減らないし!」
四季は呆れながらも、それを止めようとはしなかった。
優馬は嬉しそうに笑いながら、おかずをつまむ。
「それにしても、今朝の四季……なんか様子変じゃなかったか? 寝不足?」
四季は少し黙ったあと、視線を遠くに向ける。
「今朝……ちょっと変な夢を見たんだ」
「夢?」
「内容はあんまり覚えてない。でも……誰かと話してた気がする。すごく懐かしくて、悲しくて……そんな感じの」
優馬は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに笑って言った。
「なんかポエミーだな! でも、そういうのってあるよな。意味不明だけど心だけ覚えてる夢」
「……ああ、そんな感じだ
そして四季は、また空を見上げた。
何かが、少しずつ壊れていくような、そんな予感を胸に抱えながら――