プロローグ
人は何かを忘れたまま生きている。
それが何かもわからず、心のどこかにぽっかりと穴が空いたまま、
それでも日常は何事もなく進んでいく。
――けれど、時折思うことがある。
この世界にいながら、どこか「ここではない場所」を夢に見る。
知らないはずの誰かの声が、ふと頭の中に響く。
胸の奥に残る温もり、理由もなく込み上げる懐かしさ。
もしそれが、かつていた世界の記憶だとしたら――
そして、その記憶の中に「本当に大切だったもの」があったとしたら。
忘れたままではいられない。
失ったままではいられない。
これは、そんなひとつの「再会」の物語。
眩いほどに白く、静謐な空間だった。
天も、地も、柱も、すべてが白に染まった巨大な宮殿の中。そこに六つの人影が立っていた。
全員が顔を隠すように、深くフードを被っている。衣の色もまた白く、まるでこの空間に溶け込むような存在だった。
その中心に立つ一人が、静かに口を開く。
「……もうすぐ、完成だ」
低く穏やかな声。それは確かに、何かを終えようとする者の声音だった。
白いフードの奥の顔は見えない。ただ、その背には、どこか寂しさと決意が滲んでいた。
彼は一拍の間を置いて、続けた。
「ここまで来れたのは……君たちのおかげだ。ありがとう」
その言葉に、背後に並ぶ五人の影も黙して頷く。
その中の一人、女性と思われる細身の影が、ふっと口元を緩めた。
「……貴方様がいたから、ここまで来られたのです」
その声は、どこか懐かしさを帯びていて。
慈しむように、敬うように、主へと言葉を捧げていた。
その瞬間だった。
静寂を裂くように――突如、闇が、現れた。
光に満ちていたはずの空間に、不自然な“黒”がにじみ出す。
それは一点からじわじわと広がり、やがて脈動するように激しく光を飲み込んでいく。
「……これは、何だ……?」
誰かが言った。だがそれに答える声はない。
黒は、止まらなかった。
うねり、膨張し、空間を侵食していく。
まるで“異物”のように、白の秩序を飲み込んでいくその現象に、六人は息を呑んだ。
「離れて……!」
女性の声が叫ぶ。
だが間に合わない。
黒い渦が中心の男を包み、空間ごと引き裂くように――飲み込んでいった。
その瞬間、世界が、歪んだ。
白と黒が交差する中、男の姿は光の中に消え、音もなく――その空間から、跡形もなく消失した。
残された五人のフードの下から、誰かのすすり泣く声が、かすかに響いていた。