空き巣の狙い
「では、教えてください!」
再び、マスターに催促する。
「はい、先に申し上げておきますが、これはあくまで可能性の話です。何かのきっかけにするくらいの軽い気持ちで聞いてください。」
マスターは最初に軽く注意を述べて、笑顔のまま話を続ける。
「今回の事件。空き巣はあったものとして考えますが、今回の事件のポイントは、何も盗まれていないことというよりも、事件が発覚したところにあるのではないでしょうか。」
「ん?」
マスターの発言に茂さんと和栗は首を傾げる。
マスターは2人の様子を見ると、さらに言葉を付け足す。
「普通であれば、パソコンの位置が少し違っているくらいの変化は気がつかないことの方が多いでしょう。それほど部屋を出る時の物の配置を完璧に把握している人なんてあんまりいないでしょうから。」
「確かに。」
「犯人は、空き巣に入ったが、それが発覚するとは思わなかった。と考えることができると思います。」
「空き巣には入ったが、何もないから取らずにそのまま逃げたってことか。」
茂さんが頷きながら話す。
「まあ、その可能性もゼロではありませんが、パソコンを盗んでいないのは不自然でしょう。ノートパソコンでも高く売れますからね。犯人はパソコンなんかよりもよっぽど欲しいものがあった。」
「パソコンよりもほしいもの?あの部屋にパソコンよりも高いものなんて、、、」
和栗は部屋の中のものを思い浮かべながら、必死に考える。
「パソコンのデータですよ。工学部の彼のパソコンには実験なんかをまとめたデータも相当数入っていたのでしょう。犯人が欲しかったのはそのデータなんです。」
「パソコンじゃなくて、その中身が欲しかったのか。でも、いち学生のデータなんてほしいのか?」
「普通の人なら別に欲しがったりはしないでしょうが、同じ学生であればほしいんじゃないですか?そのデータを利用すれば、自分は苦労せずにレポートを執筆することができますからね。」
「なるほど。では、同じ大学の学生、しかも電気電子専攻の学生のなかに犯人が?」
和栗は生島さんから聞いた交友関係を思い浮かべ、その中の誰なのかと思案する。
「いや、同じ大学である可能性は低いんじゃないかと。同じ大学だと、同じ内容のレポートが出されるとすぐにバレますからね。盗作が発覚するとすぐに犯人がわかってしまいます。」
「確かに。」
茂さんはうんうんと頷き、相槌を打っている。
「では、犯人は誰なのか。生島さんはバイトをしているときに空き巣に入られたんですよね。つまり、犯人は生島さんがその時間バイトをしていることを知っていた人物。加えて、生島さんが電気電子専攻の学生であるということを知っている、違う大学の同じ学科の学生。そんな人物は、その場所にも数人もいないんじゃないでしょうか。」
「「バイト先のファミレス!」」
和栗と茂さんは思わず顔を見合わせて声をそろえる。
「その可能性が高いんじゃないかと思います。バイトの人であればシフト表から生島さんが家にいない日時は把握できるでしょうし。おそらくですが、生島さんにデータを見せてほしいと頼んでいた方がいらっしゃったんじゃないですか?違う大学だからバレることはないと言って。ですが、几帳面な性格の生島さんが首を縦に振ることはなかった。そこで、生島さんがバイトをしているうちに部屋に侵入してパソコンからデータを盗んだんでしょう。犯人としては、この侵入が発覚するということが想定外だった。データを盗るだけでは物的被害はなく、部屋の中のものは何も盗っていないのでね。ですが、生島さんは気がついた。」
「なるほど、生島さんが気がつかなければ、データの盗用もバレなかった。完全犯罪だったんですね。」
「まあ、データは自分で取りなさいということは置いておくと、そうなるでしょう。生島さんにお話を聞いてバイト先の人たちのことを聞けば、自ずと犯人が絞られるのではないでしょうか。」
(すごい。話の筋は通っている)
「そんなことのために犯罪をするなんて、考えられないなあ。」
茂さんは、マスターの推理に感心しながらも犯人の気持ちを理解できずに、不思議そうな表情をしている。
「私も理解はできませんが、犯罪を犯してしまう方の思考は意外と単純な動機だったりするんじゃないですかね。生島さんの通っている国立大学は優秀な方が多いといいますし、その方のデータであればいい成績が得られると思ったんじゃないですか?」
マスターが茂さんに語りかける。
和栗は感心しながらマスターの話を手帳に書き記す。
「ありがとうございます。マスター。早速聞いてきます!」
和栗は立ち上がり、財布を取り出す。
「いえいえ、私の方こそ面白いお話が聞けて楽しかったです。今週末はモンブランを作るように妹に言っておきますので、ぜひまたお越しください。」
マスターは笑顔で軽く頭を下げる。
和栗はお会計を済ませると足速に店内を出ていった。
時計を見ると、4時半を指す手前。
(意外と長くいたんだなあ。でもコーヒーは美味しかった。あんなにおいしいコーヒーがあるなんて知らなかった。この事件を早く解決して今週末にはモンブランを食べに行かなくちゃ!)
和栗はさらに歩くスピードを上げて被害者である生島真悟の住む部屋へと歩みを進めた。