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喫茶モンブランの相談窓口 〜依頼料はコーヒーで〜  作者: pippo
何も盗らなかった空き巣?
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何も盗んでいない空き巣?(前編)

「お嬢さん、刑事さんなのかい?」


茂さんが少し驚いた顔で聞いてくる。


「どうしてわかったんですか?」


和栗はもっと驚いた顔でマスターへと問いかける。


「何、ちょっと予想してみただけですよ。あなた、いや失礼。お先にお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「あ、失礼しました。私、語部和栗(かたりべわぐり)と申します。」


和栗は茂さんとマスターを交互に見ながら自己紹介をする。


「では、和栗さん。あなたの格好はスーツ、と言ってもビジネススーツの中でも、よりカジュアルなものです。そして、パンツスタイル。いえ、何も今どき珍しいことではありません。女性だからといってスカートを履かないといけないという決まりはない。ですが、その靴。スーツに合わせるものにしては、スニーカーに近しいものですよね。デザインはシンプルでスーツと合わせても遜色(そんしょく)ありませんが、より動きやすいことを意識して、その靴にしているのかなと思いました。そして、和栗さんが入ってきた時、確かに今日は5月にしては暑い日ですが、ある程度の長い時間外を歩いていなければ、あそこまでの汗はかかないかと。そして、この店に来店した時間。一般的な会社員の昼休憩の時間とは思えない時間に来店している。それだけでは、外回りをしている営業職の可能性も十分にありますが、営業の方であればもう少し大きな荷物を持っているでしょう?これらのことを合わせるとどうでしょうか。動きやすい服装のカジュアルスーツと靴、来店の時間と外に長くいたということ、そして少ない荷物、極め付けは店に入ってきた時の所作ですね。おそらく癖のようなものなのでしょうが、入ってきてすぐに店の中にいる人の人数や配置を見渡していました。これらの情報から、刑事さんかなと思ったんです。」


マスターは笑顔で和栗へと説明をした。


「すごいですね。我々刑事よりもよっぽど観察力と推理力がある。まるで、シャーロックホームズじゃないですか。」


和栗は、感嘆しながらマスターへと賛辞の言葉をかける。


「かの御仁であれば、もっと確実な論理を持って推理しますよ。実際、ホームズがワトソン博士と最初にあった場面において、ホームズは握手をしただけでその経歴と素性を見事に言い当てましたからね。私のは、あくまで予想ですから、間違うことだってありますよ。」


マスターの謙遜(けんそん)に対して、茂さんがやれやれといった風に首を振っている。


「まあ、メニューを見た時のあまりにもあどけない様子で、本当に刑事さんなのかどうか、少し自信が持てなくなっていましたがね。」


マスターの言葉に茂さんも声を上げて笑う。和栗はまたもや顔を少し赤らめる。


コホン、とマスターがひとつ咳払いをすると再び和栗へと話しかける。


「では、お話を聞いてもいいですか?」


マスターは、カウンターの下から手動のミルを取り出すと、コーヒー豆を挽き始める。


その手の動きは一定のリズムで、早くもなく遅くもない。豆がどんどん挽かれていく軽快な音を立てている。和栗はコーヒーミルというものに詳しいわけではないが、コーヒーの好きな友人から、コーヒーの味はコーヒーミルで変わると言われるほど重要なんだと力説された時の話を思い出す。その友達曰く、コーヒーミルは臼式(うすしき)の刃を持つものに限るということであった。臼式のミルはコーヒー豆を均等に挽けるほか、熱が伝わりにくく豆の風味を消すことなく弾くことができるそうだ。その話を聞いていた時は、ミルでそんなに違うのかな?と思っていたが、マスターの丁寧にそれでいて軽やかにミルを動かす様子を見ていると、一つの芸術作品のような美しさすら感じる。



「あまり捜査内容や事件内容を一般の方にお教えするというのは、褒められたことではないのですが、私が今追っている事件?があまりにもわからないのでそれについて相談させてください。実は、1週間ほど前、警察署に一通の通報が入りまして。それは、住んでいる家が空き巣に入られたという内容の通報だったんです。そんな通報自体はよくあることです。近くの交番の警察官が現場に向かったんですが、その警察官が家に入ると被害者の部屋の中には、ほぼ何もなかったそうなんです。」


「ほぼ何もないというと?」


「はい、本当にほぼ何も、です。その部屋にあったのは、被害者の着替えなどを入れている3段の衣類ラックと綺麗に畳まれた寝具。そして、数冊しか入っていない本棚、あとは部屋の真ん中に置かれたノートパソコンだけだったそうです。」


「それだけか?それだけになるくらいほとんどのものを盗まれたのか?!」


2人の会話を聞いていた茂さんが口を挟む。


「私も最初、話を聞いた時はそう思いました。とんでもないほどの被害を受けたのだと。しかし、家主の話を聞くと盗られたものはないっていうんです。」


「は?何も盗られていない?そんなに物がないのにかい?」


茂さんは不思議そうな表情で和栗に質問する。その表情は、和栗が最初にこの話を聞いた時と同じように、何を言っているのかさっぱり理解できないと言った表情である。和栗は最初に話を聞いた時、途轍(とてつ)もない量の盗難被害にあったんだと、被害者に同情する気持ちの反面、それほどの被害があるなら目撃者は確実にいるだろうと思っていた。しかし、盗まれたものはないという話を聞いて、訳がわからなくなってしまった。


マスターは、豆を挽き終わったのかミルを動かす手を止めると、一言話す。


「その被害者の方は、ミニマリストの方だったんですか?」


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