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喫茶モンブランの相談窓口 〜依頼料はコーヒーで〜  作者: pippo
何も盗らなかった空き巣?
4/14

お悩みブレンド

が、メニューを見て和栗は絶句する。メニューにはモンブランのモの字も表記されていない。思わず、メニューを裏返し見るも、そこには何もない。信じられないと言った顔でメニューを上から再度じっくりと見る。


メニューには上からこう書かれていた。



・「お悩みブレンド」 770円

 コーヒー1杯であなたのお悩みを聞きます。

 少しお時間をいただく場合もございます。


・「マスターブレンド」 300円


・「季節のブレンド」 400円


・「スイーツブレンド」 350円

 スイーツとセットで500円。(スイーツはプリンかクッキーの盛り合わせのどちらかです。)


・「スパイシーブレンド」400円

 ぜひ、カレーと一緒にご注文ください。

 カレーとセットで700円


・カフェラテ 350円


・エスプレッソ 300円


・ミルクココア 350円



・自家製スパイスカレー 500円

 (ライス限定。辛さは中辛。辛さの変更はできませんのでご注意ください。)


・ハムエッグトースト 300円


・フレンチトースト 300円



・プリン


・クッキー盛り合わせ 各250円


香織(かおり)の自家製ケーキ 350円

 (土日限定5個。種類は当日でないとわかりません。)



「モンブランないんですか!」


和栗は思わず立ち上がり、マスターに声を上げる。


思いのほか声が大きかったのだろう、後ろにいたご婦人たちもカウンターの和の声に驚き、キョトンと和栗の入るカウンターを眺め、その後2人して顔を見合わせ笑っている。最初にこの店を訪れる人がまず思うであろう疑問を、例に()れず和栗もしていることがおかしかったのだろう。または、以前の自分達と同じ反応をする和栗に共感したのかもしれない。


「確かに、店名がモンブランなのに、モンブランがないのはおかしいよな。」


茂さんも笑いながら和栗に話しかける。


和栗は周りのお客さんの反応に少し恥ずかしくなり、ストンと自分の席に座る。和栗の(ほお)は少し赤みを帯び、気温によるものではない体温の上昇を感じる。


「すみませんね。ケーキは週末しかないんですよ。」


マスターは少し申し訳なさそうな声で和栗に謝罪する。おそらく、和栗のようにモンブランがないことに言及する初見のお客さんは多いのだろう。テンプレートのような返しを和栗へとする。


「そんな。モンブランが食べられることを楽しみにして入ったのに。じゃあ、どうして店名にモンブランが入っているんですか?」


和栗はあからさまに落ち込みながらも、初見のお客さんが当然抱くであろう疑問をマスターに投げかける。


「店名は先代マスターである私の父が付けたものですので。なんで店名にその名前を入れたのかはちょっと。()いて理由を考えるとすれば、私の母がモンブランが好きだったことが理由なんですかね?先代の頃はモンブランを出していたんですけど。」


「そうなんですか。先代マスターは?」


「10年前にとある事故に巻き込まれまして、母と共に。その時に私がこの店を継いだんです。残念ながら、私にはケーキを作る才能がないようで。半端なものをお出しするわけにはいかないのでメニューから消したんです。ですが、私の妹が母に似てお菓子作りが得意なようで、週末だけ作って出しているんです。」


「そうなんですね。失礼しました。」


(少し気まずいことを聞いてしまったかな。まさか、モンブランがないことにそんな理由があったとは。)


和栗はマスターの話を聞きながらそのようなことを考えた。モンブランが食べられないのは残念だが、何か頼まなくてはと思い、再度メニューを見る。


(お悩みブレンド?)


モンブランを探すのに夢中になっていた先ほどは、スルーしてしまったが気になるメニューを見つける。メニューの一番上に書かれている。多くの店においてメニューの一番上に書かれているものは、その店の看板メニューであろう。そう考えると、この喫茶モンブランの看板メニューはこの『お悩みブレンド』なのであろう。


(700円?!普通のコーヒー1杯にしては高すぎる!)


メニューの隣に表記されているその値段を見て、和栗は驚く。一般的なチェーン店のコーヒーが1杯300円程度であることを考えると、その倍以上の値段である。これが何かお菓子が付属されているであったり、おかわりが無料で飲み放題であるというのだったら何となくわかるが、メニューの下にスイーツセットがあることを考えると、そういうことではないのであろう。それによくみると、このお悩みブレンドの値段700円は、コーヒーセットの値段と同じである。コーヒー一杯とカレーセットが同じ値段?和栗の中には疑問符が多く乱立する。よくみるとメニューの『お悩みブレンド』の下には何やら説明文が記載されている。その下の説明文を詳しく読むと、


(コーヒー1杯でお悩みを聞きます?この店は喫茶店だけではなく、お悩み相談室までやっているの?)


その喫茶店では見ない不思議な文言に首を傾げる。他のメニューが喫茶店にしては安めの値段設定なだけに、この『お悩みブレンド』だけがひときわ異彩(いさい)を放っている。和栗はこの『お悩みブレンド』が気になり、マスターに問いかける。


「このお悩みブレンド?っていうのは何なんですか?」


和栗がマスターに尋ねると


「ああ、それは、、」


「ここのマスターは、何て言ったって聞き上手でね。そして、それに加えて推理力が高く知識量も豊富だ。お客さんの悩みや不思議な話、謎を聞いてすぐに答えを出しちゃうんだよ。まあ、名前の通りお悩み相談って言ったところだね。」


マスターの声に割って入って、茂さんがなぜか少し誇らしそうに話す。


「私は、そんなことはないと思うんですけどね。茂さんと妹がどうしてもっていうからメニューに加えているんですよ。コーヒーの味は保証しますがあんまり期待しないでください。」


マスターは苦笑いを浮かべながら和栗に答える。


(なるほど、探偵のようなことをしているってわけか。確かにそう考えるとコーヒー1杯が依頼料ってのは安いわね。)


「いやいや、さっきの私の話だって色々聞いてくれたじゃないか。」


茂さんがマスターへと反論している。


「茂さんの話は謎とかお悩みっていうわけじゃないじゃないですか。」


「そういえば、何のお話をされていたんですか?五月病が何ちゃらみたいな話は聞こえましたけど。」


和栗が2人へと問いかける。


「ええ、茂さんが何でGW(ゴールデンウィーク)の後ってのはこんなに働きたくないのかねぇって言ったものですから、五月病なんかがよく言われる原因ですよね。っていう話をしていたんです。」


マスターが簡潔に茂さんとの会話の内容を話す。


「真面目で責任感が強いタイプに多く見られると言われている五月病ですが、この症状は日本人に多く見られるようです。日本人はよく真面目な働き者が多いと賞賛されることがあります。社会的にもなんでも真面目に真摯(しんし)に取り組むことが美徳(びとく)とされ、働かなかったり、真面目に何かをやらなかったりすることは悪であるとされています。果たして、これはいいことなんでしょうか。」


マスターの言葉に対して和栗は返答に詰まる。先ほどこの店に入る前に和栗が考えていたこと、公務員が休憩することの考えにも直結するような話題が出たからである。


「私は、あまりそうは思いません。新生活や仕事のストレスが自分でも気がつかないうちに体と心に蓄積し、その人の精神を(むしば)んでいく。この五月病と呼ばれる症状は海外ではほとんど見られないそうです。そもそも五月病という単語が英語には存在しません。まあ、アメリカなんかの国では新学期が8月末か9月であり、5月となるとほとんど学期末であるから、というのも理由の一つではありますが。ですが、海外にも月を名前に関する症状はあります。それは1月病です。1月病は英語で書くと、January bluesと書き直訳すると、1月の憂鬱(ゆううつ)という意味だそうです。これは12月に家族で楽しく過ごすクリスマスというイベントがあり、それが終わったことによる喪失感などからくる症状だそうです。つまり、日本の五月病とは根本的に違います。」


和栗は初めて聞いた1月病という単語とマスターの説明に耳を傾ける。


「何が言いたいかというと、日本人に多く見られるという五月病。これは日本人の美徳とされている勤勉さの裏の顔であるということです。真面目に真摯に働くことが悪いことだとは思いません。むしろ素晴らしいことです。ですが、その美徳を人に押し付けることは間違っています。美徳は自分自身がどうなりたいかという目標に向かって作り上げるものであり、人から評価されて与えられるものではないと私は思います。だからこそ、気分が乗らない時は適度に休んだり、精神のリフレッシュをすることが大事だと思いますよ。」


和栗はマスターの言葉を聞き。深く息を吸い込む。先ほどの公務員の話を考えながら、他人の目を気にするばかりの考え方がとても馬鹿らしく思えて、なんだか心が軽くなったような気持ちになった。


モンブランを食べられないということで、少し気分を落ち込ませていたが、マスターの話を聞き、その言葉を自分の中に落とし込む。そして、和栗は刑事としてはあまり誉められたことではないが、今抱えている問題を相談してみようかなと思い始める。


(事件なのかどうかもわからないし、誰かに聞いて貰えば何か新しい視点が得られるかもしれないしね。それにこのマスターにだったら、相談したら何かしらの答えをもらえそうな気がする。)


「じゃあ、このお悩みブレンドをお願いします。」


「かしこまりました。刑事さんのお話を聞くことなんてあまりありませんから、少し楽しみですね。」


マスターは和栗の注文に笑みを浮かべて答える。


「え、」


和栗はマスターの言葉に驚きの表情を浮かべ、思わず声に出る。和栗はまだ一言も自分が刑事だということをマスターや茂さんに話していない。何なら、この語りの中でさえ、先ほどようやくその単語を書き記したばかりである。和栗はこの店に入る前に自分が考えていたことを思い出す。


一発で、一眼で、和栗の職業を言い当てることができる人がいるとすれば、それは占い師か探偵くらいのものだろう。それも、生半可な探偵などではなく、かの有名なシャーロック・ホームズ並みの観察眼と推理力を持つ名探偵であろう。


和栗の目の前のこのマスターは、占い師なのかそれとも、かのシャーロック・ホームズに並ぶほどの名探偵なのだろうか。


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