魔王様はギルドの受付嬢に転生しました
聖剣が心臓を貫いた。
迸る浄化の光が私の体内を焼いていく。
「ぐっ、う……」
私は呻くばかりで何もできない。
膨大な魔力が底をつき、生命も風前の灯火であった。
聖剣を握る勇者は、満身創痍ながらも揺るぎない眼差しでこちらを見ている。
「……私は、死ぬのか」
「そうだ。この戦いは僕の勝利だ」
「くくっ、人間とは真に恐るべき力を持つ。油断できぬ存在よ」
私は自嘲気味に笑いを洩らす。
積み重なる慢心が己の敗北を生んだ。
悠久の時の中で心が緩んでいたのだろう。
私は口から血を垂らしながら告げる。
「……勇者よ。貴様との再会を、冥府の底にて待っておるぞ」
我が覇道が潰えることはない。
きっとこの遺志を継ぐ者が現れることだろう。
間もなく私の意識は暗闇へと沈んでいった。
◆
「おはようございます」
「ああ、おはよう! リアナちゃんと話すと、今日も元気にやってけそうだぜ。ありがとな!」
「お力になれて良かったです。いってらっしゃいませ」
上機嫌な冒険者を笑顔で見送る。
そして誰にも見られていないことを確認し、私はカウンターを勢いよく叩いた。
(なぜ我がこのようなことをせねばならんのだァッ!?)
これほどまでの屈辱は長い人生でも初めてのことだった。
今の冒険者を嬲り殺してやりたいが、己の細い手を見て我に返る。
(リアナ・アルキウラ……よりによって、軟弱な人族の女に転生するとは)
聖剣で刺し殺された私は、なぜか記憶を保持したまま生まれ変わった。
しかも迷宮ギルドの職員を乗っ取る形で目覚めた。
それが数日前の出来事である。
現在、私はギルドの受付担当として、冒険者を相手に愛想を振りまいていた。
かつては幾万もの配下を従えた王だったというのに、たった一度の敗北でこのような有様になってしまった。
実に情けないことだ。
しかし身体が貧弱な上に魔力も微量では、前世のような振る舞いは不可能であった。
私は己の身体を見下ろし、制服を突き破らんばかりの膨らみを見つめる。
そこに手をやって揉みしだいた。
(よもやすべての力が胸に吸収されたのではあるまいな……?)
幸いにもリアナの記憶と人格が残されていたため、生活面で困ることはない。
仕事中は彼女を表層に出すことで、接客という苦痛を緩和していた。
それでも屈辱が無くなるわけではない。
今まさに私は生き恥を晒しているのだった。
(小癪な人間どもめ……いずれ深淵の底に落としてやるぞォッ!)
胸中で吼えていると、冒険者の一団がやってくる。
私はすぐさま気持ちを切り替えて応じた。
「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」
「この依頼を手続きをお願いします」
「承知しました。少々お待ちくださいね!」
淡々と業務をこなす中、私は別の受付を一瞥する。
迷宮から帰ってきた冒険者が大量の結晶を提出するところだった。
濃密な魔力の香りが漂ってきて、思わず生唾を飲む。
(魔力だ。潤沢な魔力さえあれば、かつての力を取り戻すことも可能なのだ)
今は忍耐の時である。
ギルド職員という立場は悪くない。
迷宮からは魔力を内包する物質が多く産出される。
それらを買い取って吸収することで、かつての力を取り戻せるかもしれない。
(早く魔王として復活したいものだ)
胸中でぼやきつつ、目の前の接客を済ませる。
その直後、上司から呼び出された。
「リアナさーん! こっちの依頼処理を頼むよっ!」
「はーい、分かりました!」
リアナは新人なので雑務ばかりを押し付けられる。
どうでもいいことに時間を割かれるという事実が気に食わない。
(屈辱だ。全盛期ならば木端微塵にしてやるものを……ッ!)
上司に殺気を送りながらも、私はなんとか堪える。
暫しの辛抱だ。
いつか復讐する機会は訪れる。
歯ぎしりする私は、表面上は真面目に仕事に勤しむのであった。