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第7話・なんでもありの女神

目覚めたら広い工場の中にいる。


機材などは綺麗に置かれている、見た感じ埃も被っていない。


まるで今日も今日とてこの工場は稼働していたように見える、そんな事は有り得ないのは言うまでもないが。



「………」



当然のように縛られている、全然動けない。


ここは二階、結構な人数が居る、しかも全員武装している。


武器を持っていないのは……シャルロットだけ、か。



「お♡は♡よう♡アルバくん~♪」



もう日が落ちたみたいだけどね。



「…そんな甘ったるい声を出す必要はもうないんじゃないか?」


「普段からこんな喋り方だけど、なんか文句ある?」


「…いや、別に。」



それ、演技じゃなかったんだ…


ただの素…なのか?猫は被って…いるか?


なんだろう……堂々と被っているな?


素が猫被りとは珍妙な人だ、ってきっりその二つは両立しない矛盾要素だっと思ってたよ。


人が一番面白いというシュエの主張が少しだけ分かった。



「んで、うちの探偵に何か用か?」


「大した用はないよ~ちょっと死んで欲しいだけ。」



それはまた彼女が喜びそうな――でも、



「できるの?そんなこと。」


「できるよ、そんなこと。」



今ままでと変わらない笑顔で、シャルロットは言い切った。



「………」


「なーにその顔?信じられないってんならまだしも、随分と複雑そうな顔すんじゃん?」



そうか、そんな顔してたのか。


まさかここでいきなり自分の本心に気付くとは思っていなかったからね。


そうか、確かに俺は彼女の願いを叶えたいと思った。


死を望む彼女の為にこんな世界でも死ねる方法を一緒に探そうと思ったし、実際そのための探偵業活動もしてきた。


でもやはり彼女は何処か諦めていて、でもやはり諦め切れないから探偵活動が時間潰しになった。


面白い()事で時間を潰すうちに死ぬ方法を見つけれたらと、



――諦めても欲しいものは欲しい、諦めたまま欲しいものに手を伸ばすのが人間だ。私とて例外ではないよ。



だから、俺は彼女を殺すと決めた。彼女の願いを叶えようと――


それが、さっきまでの俺の思い込みだ。


自信をもってシュエを殺せると言い切った彼女、シャルロットの言葉を聞いて俺は――


嫌だ、と思ったんだ。


()()()()()()()()、他の誰でもない俺が殺したいんだ。


他の誰にも譲りたくない!誰だろうと譲るもんか…!


彼女の()()は、俺だ…!



「どうやって…と聞いても?」


「あたしの神秘、『なんでもアリエ』で。」


「なんでもアリエ?」


「うん♪あ、名前は適当につけただけだから気にしないで~、要は~自分のテリトリー内ならなんでもありでなんでもできちゃう『神秘』なんだ♪」



テリトリー……



「つまり俺を誘拐したのは…」


「そう、あの探偵をここに、私のテリトリーに誘い込むために☆」



テリトリーを定義する条件はなんだろう?


所有してる土地や建物とか?この工場は彼女のものなのか?


それとも縄張りとして認識したものがテリトリーみたいな…?



「でも、『神秘』くらいじゃ人一人殺せないと思うよ?今のこの世界じゃ。」


「いや?殺せるよ。ただ生き返るだけ、だからさ~生き返る度に殺し続ければいいと思わない?0時に蘇る度に殺す、0.1秒もたたずに殺し永遠に殺し続ける。私の『神秘』ならそれができる、そしたらもう死んだのと同じ。でしょう?」


「永遠に殺し続けるとは随分な恨みだね?」


「いや別に、邪魔なだけ。」



……ああ…そういう…



「あの女、あたしが出した偽依頼みたいに、誰かの依頼でうちに手を出しそうじゃん?だから予めに処理したほうがいいのよねー。」


「いまさらだけどおまえ、『ファクトリー』の?」


「そう、ボス♪」



ボスか…まあ、条件付きの限定最強とは言え、彼女の言葉が真実なら無敵と言ってもいい『神秘』だ。


なんかドヤ顔でピースしてる彼女だが、ボスというのは噓ではないのかもしれないな。



「「「「――おお女神よ…!すみやかに我らを救いたまえ…!!」」」」


「?」



下の方から何やら声が、一人や二人じゃない。


群衆と言うにふさわしい声の反響だ。



「「「「女神よ、とく、きたりて我らを助けたまえ…!」」」」



祈りの集会?こんなに多くの人が…?『ファクトリー』とは宗教団体だったのか?


気になって下の階を覗いてみた。


縛られてはいるけど縛られてるだけ、『神秘』に対する自負なのか手以外は自由だ。


だから少し苦労するだけで普通に立てるし、一階の光景も直ぐにここから見渡せた。



「…………」



思わず言葉を失った。


広い工場だと言うのに、ほぼ人の入る隙がもうない。


一面の人の海である。


しかもこの人達、まるで敬虔な信者みたいにシャルロットに向かって祈りを捧げている。


少し、怖くなるぐらいみんなシャルロットを見ている。


つまり、女神というのは――



「…言っとくけど、あたしが呼ばせたわけじゃないから。そんな目で見んな。」



沈黙は金なり、人質の身で誘拐犯を怒らせるのは賢明ではない。


いやでも、女神って。


とか、そんなツッコミは腹の中に飲み込もう。



「……はぁ…」



仕方なさそうにシャルロットが指をパッチンとした、その瞬間。


――奇跡が広がった。


空のような水面が地面となり、水面を映す陽炎が空の代わりに。


果てしなく、何処までも広がるその光景はしかし工場の中にある。


天国の光景はただ人である俺には知る余地もないものだが、この光景はまさに美しき天上の国に抱いている幻想のそれ。


これがなんでもアリエ……


テリトリー内ならなんでもありの『神秘』。


思わず息を飲み込んだ俺だけど、変化はそれだけでは終わらず。



「ああ……メーリナ…!」「サム…!」



どこからともなく現れた女性を涙と共に抱擁を交わす男性。



「おぎゃあああ!」「ああ、よしよし…」



妊婦の証であるお腹がポツリと居なくなり、代わりに赤ちゃんが腕の中に現れ。



「ありがとう…!ありがとう……!」「やっと…寝れる…」



痛々しい傷が治り、安らぎを浮かべる人達。



「これは、ひょとして。」


「クリスマス・イヴを迎える前に死別した恋人。いつまでたっても産めない赤ちゃん。治らない傷や病気を抱え続ける人達だよ。」


「………」


「あたしが呼ばせた訳じゃないけど、なかなかの女神っぷりでしょ?」



――クリスマス・イヴ。


世界はこの日から進へめない。


永遠の12月24日、それが意味するのはこういう生き地獄でもある。


一時的にでもその地獄から掬い上げて、救い上げた彼女は確かに女神と言ってもいいのかもしれない。



「完全に宗教じゃねえか。」


「宗教だけど?」


「でも無理だぞ。」


「なにを?」


「おまえじゃシュエは殺せない。」


「――――。」



確かにシャルロットの『神秘』は凄まじい。でもダメだ。


謎よりも謎の、神秘以上に神秘なあの探偵が相手じゃ可哀想になるくらい何も出来ない。



「恋は盲目ってやつ?」


「いや――」



違うと言おうとしたが、ふっと、自分の内の何かが変わった気がする。


これは…そうか、俺のシュエに対する言わば好感度が全部シャルロットに移ったらしい。


なんでもアリエ、こんな事までできるのか。


でも、これで俺の発言を撤回させるつもりだったら、やっぱり何も分かってないとしか。


むしろ、シャルロットに魅了されている今。俺は今すぐにでも彼女をここから逃がしたいくらいだ。


でも同時に無駄とも悟ったから、何にも出来ずに立ち尽くした。


実に情けない話しだ、でもどうやらシャルロットは俺からシュエに対する信頼度までは奪っていないようだ。


だから俺も実のところそこまで慌てはいない。


あの探偵はああ見えて、依頼人の利益をしっかりと優先してくれるものだ。


例え偽依頼の真犯人でも、エクス・マキナのごとくハッピーエンドにしてくれるだろう。


ハッピーエンド厨だから。


だから――



「――来たか。」



シャルロットの視線の先、恐らく工場の入口、こっちでは光の門みたいに見える。


光を潜って現れたかのような少女に俺は、()()()()()


もしくは()()()()()


0にまで落ちた好感度が100にまで戻る。


一目見ただけで好感度MAXである。


初めて彼女を見たあの日のように――



「ふふ、助けに来たぞ私のお姫様♪」



ぐうっ…!?囚われのお姫様扱いとは。悔しいけど、ドキッとした、それがかえって悔しいかった。


それでも、見惚れた。


この神秘的な空間を背景に微笑む彼女はまるで天使のようだった。


いつも雪ばかり降る街だ、だからいつもは雪の妖精を連想させる彼女だが。


結局の所、シュエにはきっとなんだって似合うのだろう。


彼女に似合わないものはきっと、そのものが相応しくないだけ。


天使のような少女。妖精みたいな少女。雪解と共に消えてしまいそうな少女はただ堂々と、お気に入りの勝負服を纏い、バットを片手に、可憐な笑みを浮べていたのだ――

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