第5話・神秘
――レストラン『スパイス』。
それは本来調和した内装により、穏やかでまったりする雰囲気のレストランだった。
オーナーは色んな国で料理の修行をしてたとかなんとかで、まあ、あくまでただの噂だけど…
確かなのは店の雰囲気はいいし、従業員達の態度も良く、何より料理が美味い。
ガチもんの三つ星レストランだ。
いや、だったと、言うべきかもしれない――
「ええい!何をやっている!しっかりせんかっ!なんだそのパンチ!?しゃっきとしろ!しゃっきと!…そう、そこだ!やれ!やっちまえ~っ!」
「死ね!」「てめえがな…っ!」「オラ!!」「くああっ!?」「おい!先ずは協力してそいつをやるぞ!」「「「うおおおおっ!」」」
オーナーがヤジを飛ばし、客が店で大乱闘。
これが今の『スパイス』だ。
目を疑う必要はない、なにも見間違っちゃいない。
穏やかで心を癒せるような『スパイス』はもういない、今のここは『アリーナ』と呼んだ方が相応しいまである。
事の始まりはやはり世界が終わった後に。
金を稼がなくてもいい、稼いだ所で使う所が無くなったと人々が気付き始める頃。
冷蔵庫の中の食料はリポップするし、そもそも何も食べ無くても精々一日お腹を空かせる程度。
新しい生産品が世に出回ることもないし、いまある物も摩耗されることはない。
体の状態は24時間置きにリセットされるから病気にかからない、もしくは永遠に治らないから薬とかも無意味。
そんな世界の現状に気づいたらもう金に用はない。
金なんかよりも今ある物の方が貴重だ、なんせ全ての物はもうこれ以上は増えない。
つまり今ある物の全てが限定品だ。
それでも欲しいのなら、物々交換か、力づくで奪うしかない。
そして、この店はこうなった。
「………」
「うわ、すっご…」
割れるガラス、壊される備品、飛ばされる人体、散りばめる血液。
正に修羅場である。
勘違いする人も居るが、シュエはヤバ女でも暴力好きなヤバ女ではない。
むしろ極力避けている、力尽くで解決するのが一番つまらないだそうだ。
ただ、やるときは派手にやるタイプってだけ、つまり例え出鱈目の化身であるシュエの傍にいつも居る俺ではあるけれど、流石にこんな修羅場を見慣れることはなかった。
うわっ!?血しぶきが顔に!?
…だから来たくなかったんだ、こんな人外魔境…っ!
しかし、思わず嘆いた俺とは違って、横いるシャルロットさんは何やら少し目が輝いて見える。
さてはおまえ、シュエ程じゃないにしてホントはなかなかのヤバ女だな?
「さあ、やっちゃってアルバくん!」
「無理!」
おまえの中の俺はいったいぜんたいどんだけ頼もしいんだ…?
「あたし、一度食べてみたかったんだ~ここの料理。」
そんな期待な眼差しを向けないで欲しい、ガッカリするだけだから。
食べてみたい気持ちは分かる、一度しか食べたことがないがその味は今でも忘れられないからね。
流石は金を稼ぐ必要はなくなったのに、それでも情熱だけで店をやり続けたオーナーだ、実に素晴らしい料理をお出しする。
だがそれ故、争奪が始まった。
タダで出される限りある美食、それを手に入れるためのちょっとした争いが今、一種のイベントに昇華した。
絶えない奪い合い、毎日壊される店。
やけ気味になったオーナーはいつしか――
「思う存分に争え者共っ――!!」
――というスタンスになっていた。
楽しそうに笑ってるオーナーを見て、いつかのシュエの言葉を思い出す。
――実は満更でもないんじゃない?あのオーナーさんは。だって、自分の料理がここまでの人達を熱狂させたんだ、むしろ料理人冥利に尽きるじゃないかな?
なるほど、そうかもしれない。
それにしても、シャルロットさん?
俺を前に押し出すのやめてくれないかな!?
「ちょっと、シャルロット…!?」
「ふふ~」
またしても信頼の眼差し…!?――んつ!?
「「ぐわああああっ!!」」
「………」
うわー…左右両方に人体が吹っ飛んだぞ、いま。
「なんだ、おまえもやるってのか?んあ!?」
筋肉ムキムキ、図体デカデカ、拳のサイズは常人の倍ぐらい。
実に立派なマッスル男だ、戦意喪失とはまさにこのこと。
今すぐ背を向けて逃げ出したい…!
だが、格好をつけたいのが男の性、美人に期待と信頼の眼差しを向けられ続けたらカッコ悪い所を見せたくない気持ちにもなろう。
もしシュエがこの場にいたら流石に強がりはしない、何故なら必死に笑いこらえる彼女の姿がいとも簡単に思い浮かべるからだ。
しかし、シュエはいない、ならば精一杯格好つけよう――
何故なら、俺には銃があるから――!!
「効かんっ!」
効かん…!?
命中したはずの弾丸か全て弾きされ、服こそは破れてはいるが身体には傷一つない。
っ…『神秘』持ちか…!
――神秘、それは誰か言い始めたのかは分からない。
分かるのは、それは世界が終わった後に急に著した神秘の力だけ。
それまではただの普遍的な普通の人達が何故か急に不思議な力に目覚めた。
数は少なく、殆どの人例えば俺も特に何も変化はなく、なんの力にも目覚めないままだが、ごっく僅かな人は確かに超能力もしくは異能みたいな力に目覚めた。
目覚めた力は人それぞれだが、どれも摩訶不思議な力だ、だからこその『神秘』だろう。
人知では測れない、神様の秘密。
「つ――!」
余裕ぶってゆっくり近づいてくる大男を構わず撃ち続く。
――『神秘』はいったいなんなのか、この際はどうでもいい。
得意げに語られた言葉を思い出す。
――車やら家電、携帯とかだって君はどういう原理で動くのかはちんぷんかんぷんでしょう?でも操作の仕方も、何より壊し方を知っている、つまりはそういうことだ。
弾き出された銃弾を見て推測する、この弾き方、弾き出された方向を見るに、反射系ではない。
硬いものに当たって跳弾したような感じだ。
服は破れる、つまりは肉体強化――いや、硬化系か?
「なら――」
銃を仕舞い、スタンバトンを持ち出す。
電源を入れてスパークさせ、そして接触口を当てるように突き出す――ように見せかけて大男の後ろに回り込み、狙うは脳震盪。
傷づけられないのなら気絶させる。
スタンバトンを思いっきりバトンとして扱って、男の後頭部を狙っての全力フルスイング。
「その手はもう効かんっ!!」
片腕で簡単に防がれ、狙いが見破られたことに対し少し驚いた…が、動揺する程じゃない。
プランAがダメならプランBだ。
ポケットのハンカチを放り投げて、大男の顔に被せた。
視界が塞がれた隙に距離を取る。
「――むっ。」
雑にハンカチを捨てた大男の様子を冷静に観察する。
――プランBくらいは用意しておくものだよ、
またしても彼女の言葉、何処まで行っても彼女ばかり。
別の女の前でカッコつけようとしたなのに、我ながらなんなだ全く。
しかしこれが俺だ、どうしようもないくらいあの悪魔的に天使的な女の子に毒されている、末期患者である。
でもだからこそ、俺はいつだって彼女の言葉を心して聞いて来た。
彼女の言葉なら気持ち悪いくらい全て真面目に聞いて来たんだ…!
だから当然のように影響されている俺は当然のごとく用意したプランB――
それは別に大した計画/ものではないが、普通に効いたみたいだ。
「…なん…だ…?」
クラクラし始める大男、その理由はさっきのハンカチにある。
そう、あの危険性を度外視した量の劇薬を染み込ませたハンカチが原因である。
どうやら麻酔は普通に効くらしい。
「――!」
今だとばかりに突っ込む!狙いは変わらず脳震盪!
そのままほっておいても昏睡するかもしれないが、なんせ少しハンカチを被せただけだ、確信はない。
念には念だ!
「ぎゅわあああああ!?」
「――へ?」
横からの悲鳴、何ことかと顔を横に向けたがもう遅い。
迫りくる影の正体に気づけないまま、俺はそれにぶつけられて失神。
あとからシャルロットに聞いた話しだが、どうやら横からまたしても人体が吹っ飛んで来たらしい。
ぶつけられた俺はそのまま一緒に壁際までぶつかり、ノックアウト。
まぁ、乱闘だからこういう事もあるだろう…
ただ…何というか、イマジナリーシュエが爆笑している。
はあ…やっぱ、カッコつけるんじゃなかったなぁ…