第9章.絶望と儚さ
第9章.
暗闇へと薄れゆく意識の中、光は"それ"を捉えていた。薄藍色のフードを被っているため、その全貌は分からなかったが、確かに、その瞳で捉えていた。藍色に光る逆光の瞳。フードから姿を現している金髪の髪。静かに微笑み歪んだその口元。その容姿が男性のものであることは自明の理で、その姿は整い美しかった。その姿が、一人一人。明や千則、縁や悠介の頭部を、それぞれ鉄の匂いが香る鉄バットで殴り、倒して行ったのを、殴られるまで、意識が無くなる寸前まで眺めていた。それは、どこか他人事のように感じた。でもその時間は、刹那であった。まるで時間を感じさせなかった。一瞬の出来事で、4人が殴られた。
そして光も──────意識を失った。
That memory was etched into Hikari's mind,
Leaving behind a white background.
その記憶は、白い背景を残して光の
脳裏に刻み込まれた。
──────おかあさん!!これ…って!!」
──────おに…ちゃん、あ…え…ぎよ!」
──────いいのよ。か…てくる…。」
In this way, Black became black and white
became white.
こうして、黒は黒となり、
白は白となった。
──────が…ぁ…。お…あさ…。」
──────あ…さ……は、やめ………。」
They beg. To your own destiny.
Their peace of mind.
彼らは懇願する。あなた自身の運命に。
彼らの心の安寧を。
光は、薄れゆく意識から目が覚めた。角楼屋敷の時と同じく、目を開けて、状況を整理しようとする。しかしながら意識はかなり重いようで、瞼も重く動かなかった。が、なんとか意識を持ち上げる。まつ毛を上向きにし、視界を鮮明にさせようとした。が、再び瞼を閉じた。何故か。それは、辺り一帯が、純血の赤で"染まっていたからだ"。眼を見開き立ち上がる。自身の体からぐちょっとした感触があった。光はそれに目をやった。
──────血だった。
光は右半身が血で染っていた。顔や足はもちろん、腕、脇、横腹まで、血で真っ赤になっていた。何故血だと分かったのか。それは、周囲を見れば明らかだった。光は慌てて体についた血を叩き落とす。しかしいくら払えど血は服に染み込み取れない。諦めたのか手を腰に据え、再び周囲を見渡した。第一印象は、"赤"だった。そこらじゅう一帯に赤が充満している。そして、次に飛び込んできたのは、
──────大量の死体。
髪の毛や形は原型を留めているものもいれば、留めていないものもいた。約何人ほど倒れているのかは分からなかった。無数。それが視界の情報だった。全員がそこらじゅうに転がされ、血溜まりの1部となっていた。その中には、
──────気まぐれ部の4人。明、縁、悠介、千則の姿があった。
それからのことと言えば、説明は難しいが大変だった。光は声にならない声で叫び、倒れている4人に近づいた。骸の中に放置された4人の姿。これは、まず無事ではないという証拠だった。焦りと怒りに満ちた表情を浮かべた光は、まず明の肩を揺らした。返事はなかった。やはり死んでいるのだろうか。事実を、否認するように、容態について調べた。死んでいないか。もし生きていたとしても、致命的な傷を負っていないか確かめるためだった。体を隅々まで見た。と言っても、服があった為それは確認できなかったし、確認しなかった。というより、する必要がなかった。頭から血を流していたからだ。美しい桃髪に血が染みていて、赤に染っていた。他3人の容態も同じだった。頭から血を流し、その血が髪に染み込んでいた。次に、光は呼吸を確認した。明の鼻の前に右手を置き、胸の呼吸を確認した。そして、安堵した。
生きていた。気絶しているようでほとんど動かないが、胸の動きと呼吸がそれを証明していた。
結論から言えば、明以外の3人も生きていた。意識こそないが、胸の伸縮は、服の上からでも隠しきれていなかった。が、それも時間の問題だと光は思った。頭から血を流しているという事は、結構な深さの傷があるということ。血が多量に回っているが故、最も重症のはずなのだからだ。
スマホを取り出し、警察及び救急車へ電話をかける。が、圏外だった。相手の受話器が鳴るまでもなく、回線は途切れていた。
そもそも、ここはどこなのだろうか。頭を殴られた記憶は光にはあったが、それ以降の記憶が全くない。琉々田診療所の中なのか、はたまたそれとは違う圏外地へ連れて来させられたのか。
光は頭を抱えた。光も多少の頭痛を伴っていた。自身の髪を血の付いていない左手で掴む。離すと、多量の赤が手に付着していた。血だ。
光地震も、頭を殴られていた為、頭から血を流していたのだが、それよりも仲間が倒れ血塗れの部屋に居たこの状況を見過ごせず、明達に駆け寄ったのだ。今更になってずきんと頭に疼痛が走る。今度は両手で頭を抱えたが、それも直ぐにやめようとした。ここから出なければならなかったからだ。先の謎の男がここへ連れてきたのならば、またここへ戻ってくるリスクがあったからだ。それに、圏外のこの場所だ。他の4人を救急車の届く所で待機させなければならない。
先に行動したのは"明"だった。血塗れで頭を抱え蹲っていた光を抱き寄せた。
「よかった…無事だったんだね」
明は言った。
「また1人になってたんだね。辛かったよね、寂しかったよね、ごめんね」
「……」
光は首を横に振った。「そんな事ない」という意思表示だった。明は安心した様子で顔を綻ばせた。
「まぁ…取り敢えず、3人を外に運ぼうか」
気だるそうな声で呟いた。まだ意識が朦朧としているのだろう。はっきりと発生する事は難しそうだった。
光と明は倒れている千則の腕を担ぎ、両腕と全体重を2人で支えた。明はふらつきながらもなんとか歩いていた。そして、部屋を出た。薄暗い廊下だった。いや、実際には薄暗いという表現は間違っていた。辺り一帯が暗く、多少の"月明かり"に照らされ、廊下のアスファルトは灰色であった。そう、夜だったのだ。
廊下の隅に、ストレッチャーを発見した。ここが琉々田診療所であるという証明であった。
2人は廊下の隅に3人を運んだ。また襲われるのではないかと不安に思ったりもしたが、そんな事もなく全員を移動させることが出来た。
ずっしりとした疲れが体を伝う。明と光も同じように廊下の壁に背を預けた。
「さて…これからどうしようかね……」
明が本当に困ったように呟いた。
「何をしようにも、ここ圏外だし、千則ちゃん達を2人で運ぶ訳にもいかないし…」
明はそういうと落ち着いて言った。
「光くん。」
その冷静さは、どこか寂しさも兼ね備えていた。
「お願いがあります。」
深刻な話題なようで、明の顔つきは真剣だった。
「私が急いで山を降りて、ネットが繋がる所に行くから、その間、みんなを守ってくれる?」
「……」
光は横に首を振った。なぜなら、彼女1人行かせる訳にはいかないと判断したからだ。ふらふらな足。声ははっきりと発音できないほどに衰弱している。光自身より重症だったからだ。もしこの状態で犯人と出くわせば、万が一にも命の保証はできないだろう。明が「えっ」と腑抜けた声を出すと、光は立ち上がった。そして、歩き出した。「俺が行く。」の姿見だった。明は止めようとする。
「待って…光くん……」
明は立ち上がり追いかけようとした。が、すぐにふらついて転び、動けなくなった。
「光くん………」
右手を伸ばし光の背後を見据える。その背中は、
逞しくもあり、どこか儚げだった。