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第3章.悲鳴と幻覚

第3章.

秘暮明は、呼吸を荒らげた。飼い主をみつけ興奮する犬のように。獲物を見つけた猛獣のように。その呼吸は、恐怖感と苦しさから来るものだった。気がついたら体は浮いていて、またまた気がついたら落ちていた。そして。砕けた。

明は、心の整理とともに、状況の整理も行った。

何があったのか。夢であったのか。ここは本当に学校であるのか。何故全てが灰色に見えるのか。

「……怖い…怖いよ…なんだったの……」

只管に思い出す。落ちた理由。それは大穴が空いていたからだった。そしてその穴は深々と空いていて、どれくらい落下していたのかも分からなかった。まもなく、目の前に千則が現れ、一瞬だが痛みを感じた。奈落に落ちた瞬間、今までに感じた事の無い恐怖感が襲ってきた。

「……もう、帰ろうかな…。ちょっと休みたい気分だし、とりあえず職員室行って早退しよ…」

立ち上がった。失禁により体中から体液が出ていた為、服が多量に濡れていた。しかし明はそれどころでは無かった。心の整理もまだついている訳ではなかったわけだし、少しばかり休みたい気分だったのだ。少なくとも学校に残る事は露ほども思わなかった。

明は再び食堂を出ると、渡り廊下に出た。

「え…これって……」

そう。地蔵だった。明はその地蔵を無視した。

見ていると寒気を覚えるし、ミステリーアートのようにこちらを見ているように見えるので、不気味さを覚えたからだ。"あれ"が夢であったのなら、何故現実であるこちらにも見た事のない地蔵がいたのか。明は考えなかった。いや、考えたくなかった。渡り廊下を渡って、下駄箱を横切り、夢と同じく正面左の角を曲がろうとした。が、明の足は止まっていた。

「…ここ……さっきの夢の場所……穴が、大穴が空いてた場所、だよね、?」

大穴は無かった。

「ああぁあぁ〜!やっぱり夢だよなぁそうだよなぁ…何してるんだろ私、さっさと帰ろ」

廊下を正面に見やった。すると、廊下は荒れていた。窓ガラスは割れ落ち、廊下は薄暗くかの地蔵のようにどこか不気味だった。職員室は、この廊下を真っ直ぐ行って左手にある3つ目の部屋だった。明は職員室と書かれた看板を見て、職員室だという事を確信すると、扉を開けた。しかし──────。

誰もいなかった。生徒どころか、先生全員。いなかった。明の視界には、只々灰色の世界が広がっていただけだった。

「誰も……いない?それに…散らかってる……」

職員室の中は、凄惨なものだった。書類や機械類が、乱雑に床に散らばっていた。書類は黄ばみ、機械類は倒れていた。

「ほ、本当になんなの…ここ……学校、だよね…?」

学校は朽ち果てていた。食堂の割れたガラス板。以前までなかった地蔵。廊下の割れた窓。

荒れ果てていたのは明の片目でもハッキリと捉えられた。

「……一旦帰ろう…疲れてるんだ。そうに決まってる」

明は職員室の扉を閉め来た道を戻った。廊下は薄暗く、不気味ではあったがハッキリと目で床を捉えられていたので、進むのには問題なかった。そう。よく床が見えていたのだ。それが、問題だった。

「えっ……」

大穴が。空いていた。

明は目を疑った。

「嘘…でしょ」

あれは夢だった。今見えているものは疲れているから見えたものだ。そう自分に言い聞かせ、押さえ込んだこの恐怖感と気持ち悪さ。

それが、蘇ってきた。

「なんで……」

なんであるの、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんであれは夢だった夢だあれは夢だったなんでなんでなんでなんでなんでなんで。

明の思考に、そんな言葉がとめどなく溢れてきていた──────が、その思考は遮断された。

「お、明先輩じゃん、飯もう食ったの?って、どうしたんです!?顔色悪いですよ、?保健室行きますか?」

明は顔を上げた。そこにいたのは。

こちらに手を差し伸べる、悠介の姿だった。

「ゆ、う…すけ……くん、?」

「おうどうしたんですか本当に、ほら、肩貸しますから」

悠介はそう言うと、明に肩を貸した。

「あ……ありがとう…ちょっと体調が良くないだけだから、大丈夫だよ…ありがとね」

明は悠介の肩から離れた。

「ダメですって……先輩ただでさえ我慢癖強いのに、ここで倒れられたら俺が困るんで」

悠介は再び明の腕を首にかけ、肩を貸した。

「あはは……本当にごめんね。助かるよ…」

悠介ははいはいと言って歩き出した。


下駄箱の方へ。


「悠介…くん?そっちは下駄箱だよ、?」

「ん?いや、合ってますよ。こっちで」

悠介は明に肩を貸しながら歩いた。そして。

「あ、先輩。さよなら」

「…え、?」

その瞬間。悠介は肩から明の手を外し、明の背中を思いっきり押した。

「え、」

明の驚愕の声と、絶叫。悲鳴。金切り声。全てが、響いた。そう。大穴に。

"再び"明は浮遊感を覚えた。この感覚。明は覚えていた。そう。自信が夢だと錯覚したあの時の。落ちて。落ちて落ちて落ちて。千則の姿を見て、そして。砕けた。あの時の感覚。明は、当然、恐怖感を抱いた。

落ちている。そう、自覚する度に、恐怖が体を駆け巡る。怖い怖い。あの時のように。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

体中から汗と体液が溢れてくる。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

「あああああああああああああああああ!!!」

がなりの入った声と、悲鳴を含んだこえが混ざり合い、大穴を響かせた。

そして。ぐちゃっ。という音とともに。明の人生は、幕を下ろした。




明が目を覚ますと、そこには。




──────灰色の世界があった。

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