第1章.平穏と始まり
幽霊が出ると噂の角楼屋敷での事件で呪いを祓い、無事に生還した七千沢高等学校気まぐれ部。彼らは友情を分かち合い、平穏に暮らせるはずだったが───。報復のアルペジオ 〜殺しを拾う記憶〜 の続編です。
報復のアルペジオ〜返報の断定人〜
この物語はフィクションです。実在する人物。団体名とは、一切関係ありません。
この作品は前作品、報復のアルペジオ 〜殺しを拾う記憶〜 の続編です。先に前作を見ることをおすすめします。
七千沢高等学校。気まぐれ部は、あの事件以降活動を控えた。幽霊が出ると噂された角楼屋敷。その地下には、5名の白骨死体が有った。発見者は、七千沢高等学校気まぐれ部。陽気で大胆な橙髪の少女。1年神木千則。常に冷静で真面目な白髪の少女。同じく1年小波縁。厨二病で常に眼帯を付けている小柄で桃髪の少女。2年秘暮明。友達想いで勇猛果敢な少年。1年西ノ宮悠介。そして。冷静且つ無口で常に無表情の青髪の少年。1年裡月光。彼らが第一発見者だった。彼らは七千沢高等学校で行われる文化祭に向けて、出し物でお化け屋敷を作る計画を立てていた。しかし中々行動に移せず、参考にする為、幽霊が出ると噂された廃墟。角楼屋敷を訪れていた。そこでの彼らの証言は、異常なものだった。「幽霊なんていなかった」と言う者もいれば、「幽霊が出た」「黒い触手に襲われた」などと真成の言葉を話す者もいた。警察の捜査では、角楼屋敷の地下にて、ドイツ人5名。屋敷当主のトレスティア・アーダルベルト。長女のトレスティア・アリーセ。次女のトレスティア・エミリア。当主アーダルベルトの秘書。エグモント・エーミール。屋敷の使用人。アウレリア・エレオノーレ。計5名の磔にされた白骨死体。"その奥"の地下にて、ドイツ人少女1名。当主アーダルベルトの三女。トレスティア・アレクシア。そしてそれらの犯人と思われる、日本人の使用人。阪田秀幸の遺体が発見された。当主のアーダルベルト氏には細君がいたが、数年前に行方不明になっている。警察の見解ではこうだ。当主の怒りに触れた阪田は、使用人課業を退任させられそうになり、今までのストレスから逆ギレし、殺意を込めた犯行で当主を殺害。以降精神に異常をきたした彼は、次女に手をかけ、当主の使用人、秘書を殺害。証拠隠滅の為に地下へ向かい磔にし、その後三女を地下へ拉致。レイプした後殺害。何故レイプしたのだと判断したのかというと、殺害された白骨死体の5名の遺体と阪田の遺体には、服を着せられていたが、三女の遺体のみ、周囲に破られた衣服が散乱していたからだ。そして全て殺してしまった彼は自暴自棄になり、自殺。しかしながら、警察の捜査では、どれも犯行の凶器は分からなかった。使用人の阪田の死体の手には、カナヅチが握られていたが、白骨死体のカナヅチでつけられたと思われる傷は三女のみだった。他の白骨死体は、骨に傷も打撲後も何もついておらず、綺麗なまま殺されていた。それに、阪田がどう自殺したのかも未だ不明。同じく切り傷も打撲後もついていなかった。
警察の捜査は、早々に打ち切られる事となった。
七千沢高等学校気まぐれ部は、事情聴取を受けた後。普通に学校に登校していた。あの事件以降、気まぐれ部のメンバーは、縁のみ、数日学校を休んだ。他の4人は普段通り学校に来ては、普段通り楽しく会話を重ねていた。が、事件に触れる事は、一切なかった。全員が忘れたい出来事だったのであろう。誰も、事件について触れなかった。縁がカウンセリングも含め登校するようになり、全員が前のような活気を取り戻していった。
昼休みになり、全員が食堂やベランダ、屋上にて食事をし始めた。明は光と悠介、そして縁と千則のクラスを訪れていた。いつもの様に、何気ない会話を繰り返していた。
「カレーパン好き?」と明が会話を始めていた。
「俺は大好き!!!」
「私は…嫌いだなぁ。服が汚れちゃうから」
「いやそれ縁の食べ方が汚…」
縁が悠介の顔面に向かって右手でグーパンチを飛ばした。悠介は見事に回避した。
「ふっ…お前に殴られるの何度目だと思って…」
縁は左手で再びグーパンチを飛ばした。
見事に悠介の顔面にめり込んだ。
「んぐぅあぅあああああ!!」
もちろん悶えた。あははと明は微笑み、「やりすぎだよぉ」と呟いた。光はいつも通り呆れ顔だった。すると千則が教室の扉をバン!とあけ、生徒の視線が集まった。
「カレーパン買ってきたああああ!」
「「うおおおお」」
明と悠介はカレーパンだわーいとおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいだ。まもなく縁が千則に向き直ると、飛びついた。物理的に。
「あぁ…千則ちゃん…千則ちゃん…あぁ…」
めっちゃ好感度だった。角楼屋敷を訪れる前、縁は大人しい生徒だった。勉学優秀運動神経抜群。オールラウンダーだった。クラスの人間とほとんど話す事無く、気まぐれ部の中でも大人しかった彼女だが──────角楼屋敷を訪れて以降、千則に対してだけ何故か甘々な性格になっていた。そんな中、縁は千則の頬に自分の頬を擦り合わせてすりすりしていた。体を千則に押し付けた事により、縁の胸は千則の胸と重なり、お互いに胸が押しつぶされ横方向に服ごと膨らんでいた。
「ゆ、ゆかりん…くすぐったいよぉ…」
「千則ちゃん…千則ちゃん…触手…プレイ…」
「「「触手プレイ!?」」」
千則は縁の脳天にチョップを入れた。
七千沢高等学校は、生徒や教師の為、学校のある日、つまり月曜日から金曜日は、夜7時まで学食が設けられている。学食は基本、食堂でのみ摂る事が可能だが、大半の生徒、教師は学食を目的としている者か、勉強をしにくる者、読書をしにくる者の3パターンに分けられている。その日、千則と明は食堂にいた。学食制度を使用する人の大半が、キャベツや人参の野菜、牛肉か焼き魚、味噌汁の3点セット定食を注文していて、生徒や教師の意識の高さが伺えるが、その日、千則は定食とは別の物へと視線を移していた。
「味噌ラーメン食べる!!」
「え〜重くない?午後授業で寝ちゃわない?大丈夫?」
「寝ちゃう…かもだけど大丈夫大丈夫!!私太らない体質だから!」
「なんだこの憎たらしき愚女は」
明はまもなくして、うどんを選択した。海老の天ぷらを1つかけうどんの上に乗せ、2人席についた。2人はこうして、時々向かい合って学食を頬張る事がある。その間縁や光、悠介は大体教室でお弁当を食べている事が多い。お弁当をあまり持参していない2人は、購買やコンビニで昼ごはんを買わない日はこうして、その昼休みの殆どを学食で過ごしている。2人の時間。というのも、案外悪くないなと明は思っていた。いつも気まぐれ部の5人でいる為、中々2人っきりというのはあまり無かった。故に、女2人きりの時間というのは、明にとっては貴重なものだった。お互いに食事を頬張りながら会話を弾ませる。普段男子がいる為話せない猥談、縁や光、悠介の日常での会話など、話題は絶えなかった。
「そういえば明先輩、なんか光に対して対応変わりました?なんか大人っぽくなったというか、厨二病じゃなくなるというか」
「あ、厨二病などでは無い!!我は女神より天命を授かりし者…貴様ら愚民とは全然違……」
「はいはい」
明はぷくーっと頬を膨らまし、ぷいっと他所を向いた。
「光くんねぇ、なんか昔の私を見てるみたいだったんだよね。自分自身を重ねて見ちゃってさー」
「そうなんですか?なんか思い当たる事があったりするんですか?」
「まあね」
そう言った明は、「ご馳走様」とだけ言って、ラーメンを未だ頬張る千則を眺めていた。千則は最後の麺を口に入れると、スープを飲み干した。
「うわぁがっつきが凄いねぇ」
「まあ私太らないし!」
「よし後で表出てね」
2人は立ち上がり、名前は分からないが、学食の食べた物の容器を戻す所に明はうどんの容器を戻し、後に、千則も同じようにラーメンの器を戻した。
「よし、じゃあ教室戻ろうか」
「はーい!」
千則は右手を上げ大きく返事し、その活気さを発揮させていた。明は「元気だねぇ」と微笑み、歩みを進めた。明は考えていた。千則は縁に好かれていた。その縁はあれ以降、「千則……あぁ千則……」と定期的に抱きついて胸を揉んだりなどのセクハラをしたり、"触手プレイ"などとけしからん事を呟いている。私たちが角楼屋敷で離れたあと、2人に何があったのか……は容易に想像できた気もするが、もういいやと忘れてしまおう。と明は思った。いや、もうこの際聞いてしまおうか。
「あ、そういや千則ちゃん、屋敷で……あれ?」
明は背後に着いてきているはずの千則に振り向き直った。はずだった。
「……誰も…いない?」
誰も、いなかった。そう。"誰も"。
「え、なになにドッキリ?さっきまでみんないたのに…」
焦る。ドッキリだ。そう、自分に信じ込ませる。
「おーい…誰か〜!!」
声を張り上げ、食堂にいるはずの人々に大きな声をあげた。が。
「…返事がない…みんなもう教室に帰ったのかな……ちょっと私が疲れてるのかもな…」
そう、自身の状況を整理したその瞬間。
音がした。バイクの音にノイズがかかり、音の響く所で鳴らしたような、そんな、"異界"がとても似合う音だった。
「な、なに!?」
驚く表情と共に、よく通る透き通った明の声が食堂に響き渡った。明は瞬きをした。すると、目の前の窓に張り巡らされていた大きなガラス板が、無くなっていた。いや、正確には──────割られていた。
意識がハッキリしない。割られた音はしなかった。そのハッキリしない意識のまま、明はガラス板越しに校庭を見た。
「(あ、あれ……校庭ってこんな荒れてたっけ)」
枯れた花や草が散らばり、枝や落ち葉が風で舞い上がる。校庭は、姿を変えてしまっていた。
明は少しハッキリしない意識を無意識に保ちつつ、周囲を見渡した。普段と変わらないはずの食堂の世界を見た。が、意識が。鮮明になった。
「…っ!?」
その眼が見開かれる。
「ここは…」
柔らかな唇が縦に動く。
「ここは…どこ……?」
そこには。
──────灰色に染った、亡霊の世界が広がっていた。