第0話 夢
私の夢は世界中の誰もが口ずさむヒットソングを作ること!
でもどうやら、その夢は叶えられないみたいだ。
コンクリートに横たわったまま、ピクリとも動かせず徐々に体温を失いつつある身体。もう身体の温度なんて分かんないはずなのに、生ぬるい液体が目から溢れた気がした。
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私は14歳の、とても努力家で、音楽的にとても才能があふれた少女だった。
パパは一瞬だけどメジャーデビューを果たしたバンドグループのギタリストだった。パパのギターの音はこの世で1番かっこいい。そんな最高にかっこいいパパを射止めたママは、顔出しNGの今絶賛売り出し中もシンガーソングライター。知名度で言うとママは本当にすんごくて、アリーナ規模の全国ツアーなんかを控えていた。もちろん売り出されるだけの実力もある。ママは、本当に人間の声帯なのかと疑うほど、声がよく伸びた。
まあ音楽に遺伝子がどこまで関係するのかは分からないけど、周囲に認められたうえで努力を怠らない両親の姿を見ていたので、音楽好きで努力家の、今の私がいたんだろうなと思う。
だから将来は、世界中を巻き込めるような音楽を作れるんじゃないかなと本気で思っていたのだ。
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でも道半ば、死んでしまった。
死因はおそらく交通事故。細かいことなんて思い出せない。けど身体に重い何かがぶつかった衝撃があったのは覚えている。衝撃の次には何かが潰れたような感触、痛み……。
……んん?
ここでようやく疑問に思う。
なんでこんなに今までのことを振り返られるんだ。
……絶対嘘だとおもっていたけど、これが走馬灯ってやつなのか。でもそれだとしても、こんなに強くハッキリ思考出来るのか。
『あなたは死んではいないわ』
空間に声のような音が響く。……空間?
空間と認識してから、急に今いる場所が奥行きのある3次元的なところだとわかった。ただとてつもない暗闇で、空間の果ておろか、自分の手足も見えないほど。
自分がどこにいるのかも、どんな姿でいるのかも分からないけど、おそらく目の前だろうーーそんなにあたりに煙のようにボヤッとした人型の輪郭が現れた。
シルエットから察するに女性のようだ。
しかもかなりスタイルのいい女性。
「あの……どちら様でしょうか?」
声を出したつもりだし、音が震えてる感じはするけど、闇が深くてすぐに音が飲み込まれてしまう。まるで声なんか出してないみたいだ。
『あなたの恩人よ。本来ならあのトラックにひかれて死んでしまうところ、私がここに呼び寄せたの。』
トラック。
そうだ。トラックに轢かれた。……。
会話をキッカケに、忘れていた記憶が呼び起こされるが……ああいう瞬間を何度も思い出すべきではないね。
まあそれはいいとして。
「……もしそれが本当だとして、なぜ助けてくれたのでしょうか?」
恐る恐る、未知の声に問いかける。
『……私はね、あなたのファンなの。』
「ファン?」
たしかに「弾いてみた動画」もアップしていたし、学祭なんかでも演奏していたけど、そんなにコアなファンなんていなかったような?
異性的な意味だと、まあまあ平均的な容姿で将来性を感じる見た目なのにモテてはこなかったな。けど知らぬ間に隠れファンクラブとか出来ていたのかもしれない。
『……箱庭をね、ランダムに観察するのが楽しみなんだけど、あなたの物語がちょこっと気に入ってたの。』
「? あ、ありがとうございます……?」
何を言ってるのかわからないけど、とりあえず話を合わせてみる。自分のファンだと思うと悪い気はしない。
『でも本来はこんなことは許されていないの。良くないことしちゃった。』
「なるほど……私を救う?ために、あなたが何か良くないことをした……ということですね。」
相手が言ってることを復唱することで、相手への信頼を高めることが出来る、とパパが言っていたので試してみる。
『ううん。私が絶対的存在だから、別に良くないことじゃないし、特にペナルティはないんだけど。』
「な、なるほど……」
信頼以前に話の理解が追いつかず、ろくな相槌すら打てない。
『私はね、秩序が好きなの。天秤の傾きが嫌い。私の好みで箱庭を調整したら、つまらなくなっちゃうでしょ。でも、今回は自分ルールを破っちゃったの。だから反省。』
顔が見えていれば舌をペロっと出していそうな口ぶり。
そのチャーミングさが逆に怖い!
この状況にも全く追いつけていないが、下手したら殺される……いや、消されるという表現があってそうなほど、とてつもない存在感だ。
ただ、おそらく「箱庭」というのが自分のいた世界のことなんじゃないかと思う。
「えっと……その……箱庭に戻していただけないでしょうか?」
『ダメ。』
「なぜ?!」
『言ったでしょ。ルールを破ったって。だから何か、罰がないといけないの、あなたは。』
なぜ私が?
と、言いかけたところ、その言葉をなんとか飲み込む。
もし今までの話が本当なら、この輪郭は命の恩人だし、私のファンだし、それにとてつもない存在に違いないのだ。さっきうっかりつっこんでしまったけど、あまり馴れ馴れしくしないほうがいいだろう。ママも「距離感がおかしいP、マジキモい」って言ってたし、距離感大事。
『だから、あなたは一度別の世界に行って、そこでエンディングを迎えてちょうだい。もちろん、私からはなんのスキルも与えてあげない。あなた自身で、なんとかしてみせて。』
「……へ? スキル? エンディング?」
なんなんだ。
スキルって技能? それにエンディングって……また死ななきゃいけないのか?
『……死でもいいけど、他のエンディングがいいわね』
「なるほど……え、今心読ん……!」
言葉を言い切る前に、目の前が輝き出し、意識はこの空間よりもさらに深い暗闇に包まれた。