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第3話 冒険者ジャッコウド

第3話 冒険者ジャッコウド


ぼうけんしゃ【冒険者】

①危険を冒す人

②山師、ごろつき、墓荒らし等


          ――『〈内つ国〉現代用語辞典』より引用




〈転移のアート〉は、1度行ったことがある場所へ1人だけ転移できる。だが、視線が通れば、そこへも瞬間移動が可能だ。戦場に剣士が復活し、弾幕と塹壕と鉄条網が廃れた理由であり、どの家もただの窓ガラスのかわりに、ステンドグラスや曇りガラス、特殊なマジックミラーを使うようになった理由である。


 転移した建物は白鴉教団の礼拝堂だ。といっても木造校舎の教室に毛が生えたようなもので、木の椅子が並び、教壇のかわりに祭壇がある。轍がここにいたころは、じっさいにここで授業をうけていた。ほどよく色あせたかしの鏡板、時が磨いた美しい古艶ふるつやはりには儀礼のお香に使う乳香の香りがしみついている。いまみれば、りっぱな歴史的建造物だとわかるものの、当時は抹香まっこう臭い木造の小屋コテージにしか思えなかった。


「おいこら、放せ! 放しなさいって、いい子だから!」


「俺たちの神様を返せ!」


 祭壇の上で、男の子が不審者のローブをつかんでいる。勇敢だが、蛮行。


 男が轍の転移した音に気づき、こちらを見た。


「おお、我が友ワダチじゃないか! 運命の巡り合わせだな。元気でやってるか?」


 轍は術具をかまえた。


「その子を放せ、ジャッコウド」


「客観的に物事を見る癖をつけろ! 放してほしいのは俺のほうだ!」とジャッコウドは身をよじって、自分の紫のローブを引っ張る。


「轍の兄ちゃん! こいつが神様の像を盗んだんだ!」と男の子は彼のローブにしがみついて叫ぶ。


「その男はどうでもいい。こっちに来い、ふひと」と轍は言った。


「でも、こいつ――」


「いいから早く。天降石が心配してる」


 轍の硬い声色に、男の子はしぶしぶ英雄になるのをあきらめ、ローブを手放し、祭壇を降りた。だが、雄々しく振りむき、ジャッコウドをキッとにらむ。そういうのはいいから早くしろ。


「動くなよ」


 轍は新月刀の切っ先をジャッコウドへ向ける。おまじないではない。目の前に〈転移〉すれば銃弾より早く非鉄金属の刃が心臓をえぐる。とはいえ1回の〈転移〉に時価1万の小粒メレーダイヤモンドを砕く必要がある点を考慮すると、鉛玉1発がいかに安価かわかる。だが、これが轍の流儀スタイルだ。銃は嫌いだった。


「おまえ、騎行師になったんだって? 向いてないよ! ラピュタを探すのは諦めたのか?」


 30代後半の抹独マルドック人は、良く言えば陽気な、悪く言えば間抜けな表情を、よく日焼けした顔に輝かせた。まるで数年ぶりに親友と再会したような気さくさだ。いや、この男の主観では本当にそうなのかもしれない。


 幻想譚ファンタジーの魔法使いのようなバカげた紫のローブは無惨に切り裂かれた襤褸ぼろに見えるが、それはファッション用語で言うところの装飾的な切り込み(スラッシュ)で、紫は本物の貝紫色ロイヤルパープル、生地は上等の絹織物。それを外套ポンチョのようにラフに羽織っている。鉱婦こうふ穿くようなインディゴブルーのデニムのズボンも、わざとダメージ加工をほどこしたもので、膝の穴から黄色のすね毛が見えていた。


 わら色の髪に本物の没薬もつやくを塗りたくって金色に輝かせ、信じがたいことにそのてっぺんにはオリーブの枝葉の冠を載せている。はっきり言って狂人の装いだが、あの極東の島大()の大学では流行っていた時期があるらしい。


 ホウジュ・ジャッコウ()。世界的に有名な冒険()。つまり、犯罪者である。


「君は現実的に物事を考える癖をつけたほうがいいぞ、ジャッコウド。大人しくひざまずいて、手を頭の後ろに組め。そして、何も念じるな(・・・・・・)


「まあまあ落ち着け。犬を放ったのは俺じゃない。ほかのバカどもがやったことだ。それを止められなかったことについては謝罪する。便乗してちょっとまぁ拝借したいものがあったんで、ここに寄っただけだ。冒険者ってのは、火事場泥棒みたいなものだからな。そうだろ?」


「冒険者協会の次は、クトゥルフ教団に入信か?」


「利用させてもらってるだけだよ。俺がタコとコウモリの神様を崇めるタイプに見えるか?」


「じゃあなんで〈白鴉の像〉を盗む? ここの信仰対象だぞ」


 と言われると、ジャッコウドはローブの不自然なふくらみを居心地悪そうに隠した。道化師ピエロめいたバツの悪そうな顔でくちびるを尖らせる。


「ちょっとした考古学的な興味だよ。お前には関係ないだろ。夢をあきらめたおまえにはさ」


〈紫電のアート〉を使うべきか、轍は迷った。10カラットの紫水晶アメシスト(時価15万)を砕けば、生じた力をレーザーに変換し、ターゲットまでの空間にプラズマ・チャネルを生成し、そこを通して気中放電を行い、電気ショックを与えられる。命を奪わず一発で麻痺スタンさせられる。


 だが、その前に〈転移〉されたら終わり。さらにまずいことに、この大金持ちは1発百万の宝石を平気で乱発する。この寺院をちょっとしたクレーターに変えられる威力の〈アート〉を撃てる。この男は変人で天才で傲慢な犯罪者だが、無益な残虐行為は好まない……とはいえ、敵の善意に賭けるのは愚か。


 ジャッコウドが体のどこかに隠した術具から、コリアンダーとラブダナムの最初の香り(トップノート)がかすかに香る。屈託のないエゴイストの香り。轍の術具の潤滑油からは、はやくもナツメグとカーネーションのひりついた次の香り(ミドルノート)が匂いたつ。


 ハイエナの笑い声が外から聞こえる。入り口を探している。飛びかかればステンドグラスを割れるが、それに気づくほど賢くはない。だが、背後の小さな勇者をかばいながら撤退できるか? そこまでやさしくはない。調教されたハイエナは子どもの脚を骨付きチキンのように引きちぎる。


 轍は消極的な判断をくだした。時間を稼ぐのだ。2分たっても連絡をしなければ応援をくれるかもしれない……。


「へえ、だったらジャッコウド。君はまだラピュタを探すのを諦めていないのか?」


 轍は煽るように言った。話を引き延ばせ……。


探す(・・)? まだそのレベルなのか? まぁいいよ。そろそろ迎えが来る」


 時間を稼いでいたのはジャッコウドだったと気づいた瞬間、祭壇が吹き飛んだ。ちがう。その後ろの壁そのものが粉砕されたのだ。轍は騎行師協会の講義でならった市街戦の基礎を思い出した。建物に突入する際に――〈転移〉で入れない場合は――扉や窓ではなく、壁を爆破して突入し、|敵の意表を突きましょう《・・・・・・・・・・》。


「さがれ!」轍は背後の少年に叫び、じりじり後退する。「に、兄ちゃん!」「さがるんだ!」


 木屑のシャワーと埃のカーテンから、ぬっと鈍色にびいろの大蛇が突き出る。鉄の大蛇の頭が5本の首に分かれ、それが5本の指だとわかる。指の太さはワインボトル、二の腕の太さはワインだる。全高は2階建ての路面馬車くらい。狒々(ひひ)と化けがにの不幸な結婚から生まれた私生児のような鉄の塊。


動甲冑どうかっちゅうか……!」



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 訳註


*極東の島大陸……抹独マルドック帝国連邦の本土。奈落亜ナラキア小大陸のこと。

*ホウジュ・ジャッコウド……抹独マルドック人の名前にも意味はあるが、彼らはその意味を重視しないため、カタカナ表記で逐語訳した。

*冒険者……多目的民間軍事会社〈王立冒険者協会〉の構成員。遺跡の盗掘や粗悪な傭兵業で悪名高いが、遺跡の発見や革新的な技術開発などでも名高い。原作では頻繁に「犯罪者」扱いされているが、職業としては合法である。原作者による偏見も多分に含まれているのであろう。

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