聖女魔王
「はわわ~~!骸骨騎士さん、ダメですよぉ~~!ちゃんとサボらずに掃除しなきゃ~」
「えー、マリアさま、面倒じゃないですか(カタカタ)」
魔王城に似つかわしくない、かわいらしい声が響く。
十四歳に行くか行かないかの女の子に説教されている骸骨騎士。女の子は、金色のルーンが刻まれた修道服に身を包み、そして、首からは十字のネックレスをぶらさげている。ロングヘア―で、金髪。背丈は骸骨騎士の半分くらい。
彼女の風貌は、何処か犬を思わせる。
彼女がただの女の子であったら、恐らく骸骨騎士の血濡れた剣で叩き切られていただろう。
もし、ただの女の子だった場合は、だが。
そして、もちろん、彼女はただの女の子ではない。
「そんなこと言ったらメッ、です!みんなちゃんとやっているんですから」
「わかりましたぁ~(カタカタ)」
骸骨騎士は、無い舌を恰も打つかのように、ほうきを持って掃除を再開した。
しかし、今度はマリアが怒られる番だ。
後ろから、サキュバスが歩いてきて、マリアに話しかける。
「マリア様。確かに魔王城で説教をするのは結構ですが、魔王としての仕事も果たしてください。書類が溜まっているでしょ?」
マリア様は露骨に舌打ちをして、嫌そうな顔をする。
「えー?書類仕事なんて面白くないですよぉ!もっとこう、みんなと遊んだり、雑談したりしたいです!」
そうである。
この女の子は魔王である。
しかも、聖女である。
つまり、魔王で聖女。
元魔王は、頭を抱える。
◇◆◇
なぜ聖女が魔王になったのか、経緯を話さなければならない。
聖女自体は、街へ移動するための馬車を襲い、そのまま誘拐したのだった。魔王は、聖女を魔王城へ連れ込み、拘束したのだった。
で、暫くは、聖女は囚人房でお祈りを捧げたり、看守と何気ない話をしたりするという、普通の生活を送っていた。
しかし、だ。
問題は魔王継承儀式のときに起こった。
魔王の魔力と言うのは、定期的に更新しないといけない。
そして、魔力を更新できるのは、魔王の魔力を供給する遺物――漆黒の水晶――に認められた人間にのみ、である。
例えば、勇者であるならば、聖剣エクスカリバーを抜いたものが、勇者を名乗れる、といったようなものだ。
魔王継承の儀式は、その漆黒の水晶に手を乗せて行われる。
魔王と、四天王。そして、魔王継承儀式に立ち会った者達である。
この儀式で、魔王に相応しい人間に魔力が宿り、そして魔王として君臨する。
この日も、毎年のように元魔王に魔力が宿り、何事も無く終わるはずだった。
だったのだが……。
聖女マリアがこの魔王継承儀式を見たいと囚人房でダダを捏ね、特別措置として、魔王継承儀式を見学することになった。
そして、各人は漆黒の水晶に手を乗せ、せっかくだからと、魔王の戯れとして、聖女にも手を乗せさせた。
しかし、ここで誤算が起きた。
なんと、漆黒の水晶は聖女を選び、魔力を供給し始めたのだ。
元々、魔王にあったルーンは、轟音と嵐を立てて、その肌から失われてしまし、そして、聖女の手のひらに対して刻まれてしまったのである。
つまり、魔王を継承したのは聖女マリアだった。
数十年続いた「魔王」は「元魔王」となり、今は聖女マリアが「聖女魔王」となったのである。
◇◆◇
元魔王は、この新人聖女魔王の補佐をするために、付きっ切りで世話をすることになるわけだが……。
死ぬほど退屈なのである。
以前の魔王なら、村を焼き払い、貴族から金銀をせしめ、運ばれる馬車を奪い、と刺激的な生活を送れていたわけだ。
しかし、今となっては……。
「ケロべロスしゃんが、ボールとフリスビーで遊びたいって言ってますねぇ~。外に出て投げて遊びましょう!」
「ワン(ワン)(ワン)」
地獄の番人として恐れられていた三つ首の猛犬・ケルベロスも、聖女の前では牙を抜かれた犬っころ当然。聖女が、ワンと言えば、ワン!と鳴く始末である。
インプたちは、どのデーモンがカッコイイかで終始雑談し、アンデットの王・リッチたちは、チェスをしたり、オセロをしたりして遊んでいる。さらには、亡霊の鎧たちは、無い筋肉を鍛えるために、魔王城の一角をジムにして汗を流している。
それは、殺戮と破壊を尽くし怖れられた魔王軍とはとても思えない様相であった。
漆黒の水晶が、魔王として継承するのは『魔族の繁栄と拡張、そして統率に値する威厳と残忍さ』である。
そんなものがこの聖女マリアには見えない。
「魔族の繁栄と拡張を考えるからこそ、マリアを選んだんでしょう」
そのようにサキュバスの長、リリスは答える。
元魔王は、頭を掻いてため息をつく。
「最近、魔王様は領土拡張戦争のために、多くの兵力を使いました。また、現在勇者軍は力を蓄えており、反撃の構えを見せています。ここはじっと我慢し、兵力を整える時期だと判断し、漆黒の水晶はマリア様を選んだのでしょう」
そのように、魔王を慰める。
実際に、それぞれの魔族たちは、魔王の考えを理解していた。
「いやあ、戦争が少なくなって過ごしやすくなったよな」
「ああ、俺も家族のいる時間を増やしてるよ。子供も喜んでいる」
そんなことを言っているのは、エリートオーク達だ。
しかし、魔王は引っかかった。
この聖女マリアに残忍さがあるとはとても思えなかった。
◇◆◇
……そして、魔族たちがそんな平和にも飽きてきた、その時だった。
魔王の動きが停滞している今が攻め時だと判断した勇者たちが、魔王城に攻めてきたのである。
元魔王は、聖女にこう伝えた。
「勇者たちが攻めてきた。私も出る」
聖女はきょとんとし、しかし、笑顔で答えた。
「そうですかぁ!じゃあ、頑張りましょう!」
そう言って満面の笑みを浮かべる。
聖女マリアの残忍さが露になるのはここからだった。
◇◆◇
「てめえらよ!私が育てていた孤児院の子供たちを良くも虐めてくれたよな!良く知ってんだよ!小汚ねえガキどもだっていってな!テメエも似たような汚らしく血で染めてやるよ!仲間たちの内臓と肉片でな!」
そう言いながら、勇者の攻め入る兵士たちに、鋼鉄の刃を召喚し投げつける。元魔王は、その残虐な戦いに震えていた。
そして、勇者のパーティーにいる僧侶を見るなり、鬼の形相になる。
「お前よ!私が幼い頃にした仕打ちを覚えてるからな、このロリコンペド野郎。如何にも聖人君子みたいなツラしやがって、私の風呂場とか覗きやがってよ!それで『間違えた、間違えた』なんて言いやがって、キモすぎて今でも震えが止まらねえんだよ!!」
そして、魔王は僧侶を地獄の炎で丸焼きにする。
「そして、テメエだよ!勇者のくせしやがってよお、『ぼくは絶対に魔王を倒さなくちゃいけないんだ』って、随分と御大層なことを宣ってたなあ?正義の味方気取りでのお坊ちゃんよ!じゃあなんで、私の村が山賊達に襲われたとき、見て見ぬふりをした!なんで私の家族を見殺しにした!あ!?テメエもあとであの世に送ってやるからな!覚悟しろよ!!」
そうやって、勇者を次々に滅ぼしていく。
元魔王は、その戦いぶりに震えが止まらなかった。
「私はテメエらみたいな人間が大嫌いなんだよ!」
魔族たちは、その鬼神のような暴れっぷりに、全盛期の魔王を見ているような気がして、震えが止まらなかった。
◇◆◇
勇者軍は散り散りになって逃亡した。
そこは血で地面が赤く染まっており、そして肉片で埋め尽くされていた。
そして、聖女は、返り血を全身に浴びた状態で立っていた。
「私は普段から言ってました。『神様は見ています。だから、悪いことはしてはいけないんです』って。でも、人間たちは、神様の見ている前でこんなことをします。これはきっとなにかの罰なんですよね?」
そう言って聖女はにっこりと笑う。
「だから、私が教え込まなければいけないんです。人間が如何に醜い生き物で、そして、血に飢えているのかを」
聖女マリアは魔王に微笑みかける。
しかし、目は笑ってはいなかった。
「さあ、罰を与えましょう。人間たちに――」