第一章1「素朴で爽やかな少年」
「き、緊張するなー……」
ミーナ・グリーンリバーにとって、今日という日は、自分の人生を左右する日といっても過言ではない。
ウェーブのかかった琥珀色のセミロングヘアーを揺らしながら、ミーナはレンガ造りの道を確認するように進んでいく。
彼女が向かう先には、広大な敷地を有した城のように聳え立つ建造物が――。
「す、すごいなー……。やっぱり、さすがは名門校だね……」
その荘厳な姿が目に飛び込んできた瞬間、あまりもの緊張感に、ミーナは背筋が冷たくなった。
――レッドフォード魔法学園。
この国「レッドフォード」の名を直接冠した、世界に誇る魔法の名門校だ。
レッドフォードという国は「魔法によって発展し、魔法によって未来を切り開く」という方針を豪語している。
それほどまでに、レッドフォードは魔法について右に出る国はいない、と謳われるほどの魔法大国なのだ。
――これから魔法の名門校に、入学するんだよね、私。
そう思うと、改めて身が引き締まる。
「確か……。前日受けた筆記試験の後は、魔力を測定するだけだから、専用の会場に集まらないといけないはずなんだけど……。どこだろ……?」
ミーナは、間が抜けたように首を傾げた。
あいにく、ミーナは方向音痴で、地図を頼りにしても、ミーナ自身の方向感覚がおかしいので、地図が全く頼りにならなくなるのだ。
学園内の時計を見ると、あと五分ちょっとで魔力測定が行われる時間になってしまう。
「ど、どうしよう……」
ミーナが途方に暮れていると――。
「あの、どうかしたの? 見たところ、僕と同じで魔力測定をしてもらう受験生のようだけど……」
ミーナに声をかけてきたのは、素朴そうな印象を持つ男の子だった。
彼が身に着ける制服や、学生用の鞄から、自分と同じく、この学園の受験生なのだと分かった。
「じ、実はお恥ずかしい話……。道に迷ってしまって。あははは……」
ミーナはそう言うと、恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いた。
すると――。
「確かに、この学園って広いからね……。魔力測定の会場なら、あそこを曲がってすぐのところだよ」
男の子は、すごく穏やかな表情で丁寧に説明してくれる。
「あ、ありがとうございます……!」
「それじゃあ。お互い、無事に受かっているといいね」
男の子はそう言うと、颯爽とこの場を去ろうとする。
――な、何か。素朴な人だけど、カッコいいなー!
ミーナの心の中で、今、お花畑が広がっている。
もし、お互いに試験に受かっていたら、あんな爽やかな男の子と、一緒に授業を受けられるのか……。
さすが名門……! 魔法だけでなく、男の子のレベルも高い……!
――よし! 絶対に試験に受からないと!
そう自分を奮い立たせたら、受験で積もりに積もった緊張感が、少しだけ和らいだ気がした――。
「あ、あの……!」
なので、思わず男の子を呼び止めてしまった。
「な、何だ?」
急に呼び止めたこともあってか、その男の子はキョトンとした顔をしてしまう。
男の子に見つめられるせいで、ミーナは顔に熱がこもって、茹でダコみたいになってしまう。
「あ、あの……! もし良かったら、私と一緒に……。一緒に、会場へ行きませんか……!?」
勇気を振り絞って、男の子を誘ってみる。
すると――。
「待て待て待て待てー!!」
ミーナに答えたのは、目の前の男の子ではなく……。別の方向から、猛獣のごとく突撃して来る女の子だった。
「なっ……! え、エレイン!?」
男の子は、その"エレイン"という少女を見た途端、顔を真っ青にする。
もしかして、男の子の知り合いなのだろうか……。
そう思っている間に、エレインと呼ばれた少女が到着し、彼女は走り疲れたのか、その場に俯いて肩で息をする。
「……」
悔しいが、エレインという少女を一目見て、不覚にも"可愛い"という印象を持ってしまった。
クリーム色のふんわりとしたボブヘアーに、小柄な体格……。エレインは、見ていて守ってあげたくなるような、そんな愛嬌を持っている。
すると、そのエレインという少女が、自分の可愛らしさをぶち壊すように、ギロッとこちらを睨んできた。
「アンタ、何なのよ……? 入学前に"ルセ"と仲良くしようってわけ……?」
彼女が口にした"ルセ"というのは、恐らく男の子の名前なのだろう。
「い、いや、別に仲良くしようなんて……。私が道に迷ってたので、案内を……」
そう説明するが、エレインは納得していない様子だった。
「怪しいなー……。もしかして、道に迷うフリをして、ルセと仲良く――」
「や、やめてくれよ、エレイン……! 僕は、この人が道に迷っていたから、案内をしてあげていただけだよ」
ルセという男の子がエレインに説明すると、彼女は渋々といった様子で頷いた。
「うーん……。まあ、ルセもお年頃だし、女の子の一人や二人、抱きたいと思うよねー」
「なっ……! そんなハレンチなこと、僕はしないって!」
「やいやいー。この、むっつりスケベなルセめ」
「誰がむっつりスケベだって……!? ああ、もう――」
ルセはそこまで言うと、こちらに向き直って丁寧に頭を下げてきた。
「お騒がせして申し訳ない……。僕はルセ・ラポルト。……で、こっちが幼馴染のエレイン・メイリーズだよ」
「ルセ君に、エレインちゃんだね……。私はミーナ・グリーンリバーだよ。以後、よろしく、ね……?」
ルセとエレインの馴れ馴れしいやり取りに引きつった笑顔しかできないが、なんとか挨拶を交わすミーナ。
すると、エレインが――。
「こちらこそ、よろしくね。……泥棒猫さん?」
嫌味をたっぷりと込めた言い方で、そう口にするのだった。
すると、それをすかさず「そんな言い方するなよ」と注意してくれるルセ。
――な、何、この人!? ちょっとルセ君と話しただけなのに、何でそこまで言うの!?
ミーナの頭の中は、嫉妬と怒りで埋め尽くされつつあった。
――見てなさい! 絶対に試験に合格して、ルセ君と一緒に授業を受けるんだから!
ミーナは心の中で、ルセの幼馴染であるエレインに対する対抗心を燃やしながら、彼らと共に会場に入るのだった。