とある恋人の挑戦譚
ある日の事。
恋人から連絡がきた男は、休みの前日からお泊りにこれないか、というメッセージを見て、
「これは……夜のお誘い……っ!?」
と、とてもわかりやすくテンションが上がった。
えっ、もしそうなら断る理由なんてどこにもない。行く。行きます。めっちゃ行く。
仕事とか即終わらせて直帰する勢いで行く。
それくらいの勢いだった。
だがしかし、その先に続いているメッセージを見て男は自分が思っていたお誘いとは異なるという真実に気付いてしまい、ちょっとしょんぼりした。
いや別に、そういう行為だけやりたいとかそういうわけではないのだけれど。
しかし一度期待してしまっただけに、ちょっと違ったと分かった時点で落ち込むのは仕方のない事でもあった。
残念ではある。
残念ではあるのだけれど。
恋人からの可愛いお願いでもあるので。
「……とりあえず、いくつか見繕うか……」
男はともあれ恋人のお願いを叶えるべく、いくつかの品を脳内でピックアップし始めた。
――さて、そんなこんなでいよいよ休日が目前に迫ってきたわけだが。
「お疲れさまヒロくん。頼んでたやつ、買ってきてくれた?」
恋人のルリに出迎えられるなりそう言われ、ヒロはこれだろ、とばかりに手にしたエコバッグを掲げて見せた。途端、ルリの表情がパァッと明るくなる。
「まずはご飯にしよっか。腕によりをかけて作ったからね! おかわりもあるよ」
うきうきとした様子を隠す事なく出しているルリに、まぁ仕方ないなとヒロもまたデレデレとした態度を隠す事なくルリの家の中に入っていった。
恋人からのメールには、泊まりに来ないかという誘いだけではなくお酒が飲んでみたいという要望もあった。
随分昔はお酒は仕事での人間関係を円満にするツールの一つとして見られていたが、しかしいつしかやがて酒が飲めなきゃ仕事ができない、という風潮にかわり、そうこうしているうちにアルコールハラスメント、アルハラという言葉が世間に広まり、酒は悪だという流れに変わっていった。
細かい流れは色々とあるが、大まかに語るならそういう流れだ。
そうして職場での飲み会は禁止され、酒を飲む機会はめっきり減った。
個人間での飲み会は禁止されていないけれど、職場での飲み会は禁止されているなんてところも今では多く存在している。
まぁ楽しく飲んで楽しいうちに解散すればそこまでの事にはならなかったかもしれないが、しかし酒癖の悪い一部の連中が俺の酒が飲めないっていうのか、だとかの悪質な絡みをするようになって体質的に飲めない人に無理に飲ませて急性アルコール中毒などにさせて死者を出しただとか、悪いニュースが広まりすぎてしまったのが酒が公共の場から廃れていった原因だろう。
一応完全に酒を世の中からなくせとはならなかったけれど、お酒を飲むという行為に関しては世間一般の目が大分厳しくなってしまった事だけは確かなのである。
個人で楽しく飲む分には咎められる事はない。
けれど、飲んで酔って暴れたりした場合、昔に比べて刑法もかなり厳しくなっているのが今の時代の常識であった。
ルリはお酒を飲んだ事が今までの人生で一度あったかどうか……というくらい酒とは縁がなかった。
とはいえ、興味がなかったわけではない。
昔の映画だとかで出てくるお酒の数々は、なんだかとても美味しそうに見えたりキラキラ輝いて見えたりするものもあって、実際はどうであれ憧れを抱いていたのは確かなのだ。
けれども、実家で暮らしていた時はお酒を飲む機会がなかった。
というのも、どうにも父方の親戚に大層酒癖の悪い人がいたらしく、実家でお酒を飲むのは両親がいい顔をしなかったのだ。ルリも別に親を悲しませてまで飲みたいわけではない。でも飲まないままというのも心残りがある。隠れて飲むとなんだかアルコール依存症になっていた遠縁の親戚を彷彿とさせるだろうし、堂々と飲むとなると実家では不可能だったのだ。
しかし、いざ親元を離れて一人暮らしをするようになってからは、お酒を飲む機会はたんとあったはずなのに、今の今までその機会に恵まれなかったのである。
理由としては単純に忙しかったから。
仕事に慣れるまでの生活は大変で、慣れないうちにお酒を飲んでもし大失敗でもしようものなら。
お酒飲んで二日酔いになって翌朝マトモに起きれなくて仕事に遅刻しました、なんて事になったら、流石に世間体が悪い。
お酒の社会的地位は大分低くなってしまったけれど、しかしそれらを提供している店がないわけではない。
だがしかし、仕事終わりにそういった場所へいくのも憚られた。
まず、どういうお店を選ぶべきなのかルリにはさっぱりわからなかったのである。
お洒落なバーへ行くのも憧れがなかったわけではない。
しかし同時に丁度その頃、そういった店で客と店員がグルになって女性のカクテルに薬を仕込んで前後不覚にした上でホテルへ連れ込み性的な乱暴をするという事件がニュースでやっていたのもあって、仕事も終わって遅い時間に一人で、安全かどうかもわからない店に行く、というのはとても躊躇われた。
お酒が悪いわけではない。
お酒を悪用する奴が悪いのだ。
けれども世間は頭の片隅でそうわかっていても、もっと明確な悪を決めたがる。
結果として酒にその責任が押し付けられてしまっているという面も確かにあった。
まぁ、そういった薬をどうこう、とかいうのがなくても、酒癖の悪い奴に延々絡まれたりした事がある人間からすれば、酒そのものを憎んでも仕方がないのかもしれない。
一番悪いのは酒癖が悪いくせに酔うまで飲んで迷惑かける奴だとルリは思うのだが。
友人たちの集まりでお酒が出る事もあるけれど、そういう場で出るのは大抵アルコール度数の低いものばかり。しっかりがっつりお酒を飲んだ、という事にはなりようがなかったのである。
それ以前に自分の限界というのがわからないので、外でルリは酒をどれくらい飲んでいいものか……というのも悩みの種だった。
ところがつい最近そのお悩みを解決できそうな糸口が発見できたのである。
ルリの恋人でもあるヒロは、本人は多少なら飲めなくもない、と言っていたが親戚に酒造業をしている人がいたり、更に別の親戚が海外輸入雑貨などの店をやっていてワインなども仕入れていたりして、それなりに酒に関して詳しかった。
親戚にお酒を作る人がいたからか、親戚一同集まったりした時にもお酒は出ていたらしいし、酔っ払いの介抱もお手の物。
そんな話題が、つい最近になってルリの耳に届く事になったのである。
たまたまだった。
世間話の延長といってもいいくらい他愛のない会話だった。
けれども、ルリにとってその話は、目の前にたらされた救いの糸のようでもあったのだ。
「しかし、突然自分の限界が知りたいから宅飲み付き合ってほしいだなんて……居酒屋とかじゃないんだ?」
一応スーパーやコンビニにもお酒は売っているけれど、しかし大抵は似たようなチューハイばかり。色々と飲み比べてみたい、というルリの要望を叶えるためには更に色々取り扱ってる店へ行くしかない。
しかしネットである程度調べてみても、ルリには酒の良し悪しがわからなかったのだ。
それでいて酒は嗜好品。決してお安いお値段ではない。
だがしかし自分の恋人はお酒にそこそこ詳しい。
こりゃ頼るしかないという話であった。
「一人でお酒飲みに行くにしてもさ、下手に絡まれたらイヤだし」
「ま、そりゃそうか。いや誘ってよ」
「仕事終わりにお洒落なバーに行って飲むにしても、カクテルとかも詳しくないし」
「だよな。あとそういうところって値段ピンキリだったりして最悪ぼったくりバーだった、なんて話もあるからな」
「友達同士の集まりだとかで飲むにしても、お酒メインでってなったら大惨事の予感しかしないし」
「うーん、そうかなぁ……?」
「女の子同士の集まりならいいけど、同窓会みたいな感じで集まると男の子も参加するでしょ? そこで酔っぱらって意識もぐにゃぐにゃになってさ、気付いた時にはどっかのホテルで起きたら全裸でした、なんて事になってたらさ、イヤかなって。
……ヒロくんは、寝取られって性癖に含まれてる?」
「NTR地雷ですッッッッッ!!」
うんうんと相槌を打つようにしていたら、突然の地雷をぶち込まれてヒロは腹の底から声を出した。
お酒の市民権が低くなっている原因は、間違いなくこういった性的な事件に発展することもあるからだろう。
ただただ仲のいい人たちだけで楽しく飲んで楽しいうちに解散するだけならこんな事にはならなかったはずなのに、そういったお酒を悪用する連中のせいで……ッ!!
ヒロの親戚は別に犯罪をしているわけでもないのに、酒造業というだけで犯罪者みたいな扱いを受けた事もあるらしい。お酒のせいで嫌な目に遭った人に関しては同情するけれど、酒の製造者がこの世の全ての悪、みたいな見方は流石にいただけない。
今しがたルリが言ったような事態になっていたら、間違いなく相手の男に対しては殺意しか芽生えないが、同時にヒロだって酒を憎んだかもしれない。
酒そのものが悪いわけではない、と思いたくてもだ。
「うん。だからね。お外でお酒を飲むにしても、自分の限界がわからないと色々と危険かなって……
だからまずはヒロくんと一緒におうちでお酒飲んでみようかなって」
ふにゃっとはにかむように微笑まれて、ヒロは、
「うん、そっか」
としか言えなかった。
その決断、ナイスです。
いきなり自分の限界もわからず外で限界を超えるレベルで飲んだら、最悪急性アルコール中毒で病院コースだし、下手すりゃ命にもかかわる。
そうでなくても意識が朦朧としている女を見てよからぬ事を考える男だっているのだ。抵抗しようにも意識がふわふわしすぎてロクに抵抗しないままどこかに連れ込まれでもしたら。
無事に帰ってくる事ができる可能性は半々だろうか。
性的な事をされるだけで済めばいいが、最悪その一部始終を動画に取られてネットで拡散なんていう人生終了コースだって有り得るのだ。
警戒しすぎて損をするという事はない。
飲みすぎた結果、あ、何かちょっと気持ち悪いな、トイレ行ってこよ……とか思ってるうちに、間に合わなくて店内でリバース、なんていうのもある意味でどうかと思う状況だが、先に想像した展開に比べればまだマシな方だろうか。
とはいえ、最悪服にも吐瀉物がかかると帰宅するまでが地獄である。
途中で替えの服を用意できればいいが、酒を提供している店の多くは早くても夕方からで、しかも服を売ってる店と酒を提供している店は割と離れている傾向にある。
どこかの店で新しく買おうにも、その頃には洋品店の営業時間が終了しているだろう。
それなりに最悪の展開をいくつか想像してみるも、そう考えると誰かしら世話をできる人間がいるときに自宅で飲むというのが一番無難に思えてくる。
恋人の欲目というわけではないが、ルリは愛らしい美人なので万一外でそんな風にお酒を飲んで無防備にへらへらふらふらされてみろ。あっという間に悪い奴に目をつけられてしまうかもしれない。
宅飲みなら最悪吐いてもすぐさま片付けもできるし、ヒロの目から見てこれはまずいなと思ったら速やかに水を飲ませたりもできるだろう。
ルリの手作りの夕飯を食べ終わってから、ヒロはルリと二人でいそいそと宅飲みの準備を始めた。
食事と一緒に飲めば良かったのかもしれないが、そうなるとご飯がおつまみ状態になってあまり食べないで終わってしまいそうだったので。
折角の恋人の手料理を無駄にするつもりはヒロにはこれっぽっちもなかったのである。
食事を済ませた後だというのに、ルリはご丁寧に軽くつまめる料理を何品か作ってくれた。
食事の量はこの後お酒を飲むというのもあって若干少なめにしてあったのかもしれないが、おつまみも含めれば腹八分目を通り越して満腹になってしまいそうな気がした。
「じゃ、まずこっちのやつから開けてくな」
言いながら、ヒロは親戚が自宅に送ってくれた吟醸酒からいくことにした。
アルコール度数はコンビニで売ってるリーズナブルなチューハイとは比べ物にならない。けれども飲みやすさはチューハイ以上だとヒロは思っている。実際にお酒を飲んだ事のない相手に最初に飲ませるのはどうかな、と思わなくもないが、飲みやすさではヒロが持ってきたお酒の中ではこれがダントツ。もしこれがあまり口に合わないとなれば、あとはもうリキュールを割るのに用意してあるジュースとかでノンアルコールカクテル~♪ などと言いながら適当なミックスジュースを作るしかない。
「うわ、結構お酒って感じの匂いが強いね……!」
グラスに注がれる液体は見た目は透明で水にしか見えないが、しかし匂いは濃厚で水などではないと主張してくる。ほわぁ、と口をぱかっと開けたまま、注がれた液体を見ていたルリはグラスを渡されると両手でしっかり握るように持った。
「い、いただきます……」
「あ、いきなり一気に飲むなよ……!?」
見た目は水だからか、ルリはかなり勢いよくグラスの中を飲み干そうとするようだった。とはいえ匂いが明らかにお酒なので、水を飲むような勢いで飲めば最悪むせてしまう事もある。
一応そこら辺に吹き出したとしても、すぐに拭けるように布巾は近くに置いてあるとはいえ、即座に対処できる気はあまりしなかった。
「おっ……いしぃねぇ……!」
テーレッテレー♪ なんて効果音が聞こえてきそうな満面の笑みで言う恋人にヒロは若干拍子抜けした。
いや、そのお酒は親戚が作ったやつなので、褒めてもらえてとても嬉しい気持ちはあるのだけれど、今の今まで人生でマトモにお酒なんて飲んだ事のないお酒初心者にはそもそもお酒って思ってるほど美味しくないね、とか言われるだろうなと思っていたのだ。
ヒロは今でこそお酒はそれなりに飲める方だが、しかし初めて飲んだ時は実際そう思ったくらいだ。
しかし最初から思った以上の好反応。ヒロはそれじゃ次はこっちいってみる? と言いながら、親戚が仕入れたワインを開けた。
次から次にお酒を開けていって、あれも美味しいこれも美味しいとご機嫌な恋人を見て、ヒロも釣られるように気持ちが高揚していたのかもしれない。
ヒロくんも飲んでる? なんて言われて飲んでるよぉ、とデレデレした声で返す。そうするとルリも嬉しそうにえへへぇ、と普段以上にぽやっとした笑顔を見せるものだから、ヒロのご機嫌は上昇しっぱなしだ。
どこからどう見てもバカップル。
マンガだったら室内のそこかしこにイチャイチャという効果音でも描かれているに違いないと思えるくらいの雰囲気だった。
さっき飲んだやつもっかい飲みたい、とか言われてヒロはご機嫌でルリのグラスにお酒を注いで自分のグラスにも残った分を注いでいった。
ヒロは、お酒をそれなりに飲めるという自負があった。
普段は自分のペースで飲んでいたけれど、今はルリのペースに合わせて飲んでいる。
だからこそ、気付けなかったのだ。
なんだかやけに眠くなってきて、瞼が勝手に閉じようとしてくるのを。
「あれぇ? ヒロくぅん? もうおやすみしちゃうのぉ?」
間延びした、それでもやけに可愛い恋人の声にヒロはいやまだ起きてるよぉ、と返そうとしたのだけれど。
結局その言葉は口から出る事はなかった。
気付いたら、朝になっていた。
「あ、おはようヒロくん。身体大丈夫?」
なんだかまるで事後のようなセリフだが、しかしヒロは別にベッドの中で全裸で寝ていたりしたわけではない。テーブルに突っ伏すように寝ていたこともあってか、身体がギシギシしているけれど服はきちんと着ていた。ついでに肩からは毛布がかけられている。
「お、おぉ……?」
「あ、まだ寝ぼけてる? 大丈夫? 具合悪いとかない?」
心配そうにこちらを見てくるルリに、ヒロは何があったのかを理解できなかった。
恋人のお願いで宅飲みを開始したのは覚えている。
いくつかのお酒を開けて、ルリと一緒にあれこれ飲んでいたのも覚えている。
けれども途中からその記憶は途切れているのだ。
途中で水を飲んだりしていたけれど、それでも次から次に清酒だのワインだのビールだの、色んな種類のお酒を飲んでいたのだ。体内でちゃんぽんされたようなものだから、思っていたよりも酔ってしまったのだとわかる。
そしてそこで、ヒロはルリのペースに巻き込まれていた事をようやっと把握したのだ。
いつもの自分のペースで飲んでいたなら、こうはなっていなかった。
合間合間でルリが作ってくれたおつまみを食べていたとはいえ、知らず自分の普段のペース以上に飲んでしまっていた。
結果として寝落ちしたのか、と理解はできた。
あと寝た場所が悪かったのか、それとも飲みすぎたのが悪かったのか知らないが、若干身体のそこかしこが痛い。頭もちょっと痛い気がしている。
もしかしてこれが……二日酔い……!?
ヒロは今までそんな目に遭った事がないので、本当にこれが二日酔いかはわからなかった。
でも多分そうなんじゃないかなぁ、と思う事にしている。
テーブルに突っ伏したまま寝ていた自分とは違って、ルリは果たしていつから起きていたのだろうか。
前日とは違う服を着ていて着替えたのはわかる。
ちなみに台所からはふんわりと香る出汁の匂いがしている。お味噌汁だぁ……とヒロは知らずほっこりとした。
「しじみのお味噌汁じゃなくて悪いけど、飲む?」
そう言われてしまえば頷くしかない。
鮭の塩焼き、厚焼き玉子、ワカメの酢の物。豆腐とお揚げのお味噌汁。
まるで実家に帰った時のような朝食のメニューに、ヒロは一つも残さず完食していた。
「ルリはいつから起きて……あ、いや、昨日は結局どうなって……?」
途中でやたら眠くなってしまった挙句、起きたらこの状態だったヒロにはルリがいつ寝て起きたのかもわからない。ヒロが寝落ちした後も更にお酒を飲んだのか、それともそこで切り上げて早々に寝たのか。
そこら辺を確認しようと思って聞けば、ルリはにこりと微笑んだ。
「ヒロくんが寝ちゃった後は、開封したお酒そのままにしとくのも勿体ないかな~って思って、ついつい飲んじゃったんだよねぇ」
あの後更にまだ飲んだのか!? という叫びは口からは出なかった。
起きた時点で周囲にあったはずのお酒の瓶だとかは片付けられていたけれど、もしかして……
「昨日持ってきたやつ、全部飲んだ……?」
「ん? うん、飲んじゃった」
えへ、とはにかみながら言うルリだが、ヒロは内心それどころではなかった。
えっ、飲んじゃった……? 全部? 全部!?
飲み切れなかった酒瓶は冷蔵庫にでも突っ込まれたのかと思っていたが、全部飲んだの……!?
二人で飲むには多いかな、と思うくらいには色々持ち込んだというのに、あれを自分が寝落ちた後に全部……!?
その上で、こうしてけろっとしている事に、ヒロは思わず慄いていた。
自分もそれなりにお酒を飲める方だと思っていたけれど、ルリと比べると全然飲めない方ではなかろうか。
ワクとかザルとかいう言葉が脳裏をよぎったけれど……なんていうかそれと同じにしてはいけない気がする。
「ルリ、お酒強いんだな……?」
「そっかな? あ、でも確かに飲みすぎたら具合が悪くなるとか、記憶が飛ぶとかよく聞くけど全然そんな事はなかったかな。昨日のヒロくんの寝言もバッチリ覚えてるよ」
「えっ、寝言いってた……?」
「うん、どんな夢見てるのかなって思ったけど面白い寝言だったよ。どんな夢見たのか覚えてる?」
「いや、全然」
「そっかぁ」
確実にヒロ以上に飲んでるのに、全然お酒なんて飲んでませんでしたよと言わんばかりに元気いっぱいのルリは、しばらくはご飯を食べるのに無言になっていたけれど、食べ終わったと同時に「あ、そうだ」とノートパソコンを起動させた。
「それでね、そこそこお酒飲めるってわかったから、そのうちこういうところにデートに行きたいんだけど」
パソコンの画面に出ているのを見て、ヒロは思わず遠い目をしてしまった。
工場見学。
とある酒造でやっている催しだった。
どういう風にお酒を製造しているのかを見学するやつだが、酒の試飲もやっている。
お酒に目がない人からすると中々に楽しいイベントなのではなかろうか。
「そっかぁ、ここの工場でいいの?」
「え? まぁ、できたらでいいよ。ちょっと遠いもん。二人の休みが合って、日帰りとかじゃなくて泊まりで。でもここ観光地って感じじゃないから、ホテルとかどうかなぁ……」
「この工場見学行くなら、泊まる場所は問題ないよ」
「そうなの?」
そう。
何せ今ルリが見せてきた工場見学の場所は、ヒロもとてもよく知っているのだ。
親戚がやってるところなので。
泊まる場所は、ヒロの実家がある。
お酒に関わる仕事を身内がそれなりにやってるからか、お酒に偏見のない、どころか案外飲めることが発覚したルリなら、あっさり歓迎されるだろう。
あれ、これもしかして、今のうちにプロポーズもしておいた方がいいんだろうか……?
なんて考えもよぎったけれど。
生憎とまだ前日のお酒のせいで普段の判断力が帰ってきていなかったのでヒロはそこが親戚のやってるところだとかの説明すらすっ飛ばしてしまっていた。
マトモな情報がルリに届けられるのは、困ったことにデートの日付が決まって出発する直前になってからだ。
なおこの後のプロポーズが成功した事だけは述べておく。