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ランチのひととき

ごはん、どうする?

作者: 幻邏


 今日は、夫も私も休みの日。

 私はいつもよりは遅く起きるけど、夫はいつも通り起きる。

 ご飯を食べずに待っていて、私が起きてきたら真っ先に訊いてくる。


「朝ごはん、どうする?」


 寝起きで、いろいろ鈍い時に、訊くなああぁぁ!!

 まだこっちはボサボサ髪だし、歯磨きも洗顔もしとらんわ!!


 朝食はベーコンエッグトーストとモカのコーヒー。

 ベーコン、そろそろ使い切らなきゃ賞味期限的にヤバかった。

 コーヒーの苦味とほのかな甘い香りが沁み渡る……。


「昼ごはん、どうする?」


 いま、朝食を食べたばっかだよね?

 なに、足りなかったの? なんで次のご飯に頭が向くわけ?

 何年も何年もこれをやられて、いい加減うんざり!


「昼ごはんどうする、じゃねーよっ!!」


 とうとう私はキレてしまった。


 職場は別だけど、帰宅時間はほぼ一緒。

 帰宅途中の電車で、毎日毎日もらうメッセージ。


――晩ご飯どうする?


 毎度毎度毎度毎度毎度うざーーーーーーーーい!!!


 毎日の積み重ねで、爆発してしまったのだ。

 夫はポカーンとしている。


「いま、朝ごはん食べたばっかだよね! 先週も先々週も言ったでしょ! あんたの「ご飯どうする」の後に、「食べたばっかで、次のご飯のことなんて考えたくない」って! それなのに、毎度毎度訊いてきやがって、学習能力ゼロか? 朝ご飯が足りなかったなら、自分でパン焼いて食え! 満腹なのに次のご飯なんて、考えたく無いんだよ!」

「いや、いきなりキレるとか、わけわかんねーんだけど」

「ご飯のすぐ後に、次のご飯のことを訊かれたく無いって、何度も何度も言った! あんたが聞いてないだけ!」


 そう、こいつは優しく伝えると、すぐ忘れるのだ。

 何度も何度も伝えた上で、通じなくて私がキレてからようやく理解・学習する。


「ってかさ、ご飯どうするじゃなくて、昼はナニナニが食べたいとか、品名を言って、ってのも何度も何度も言ってるよね、どうするって訊かれるのいちばん嫌い!」

「いや、食べたいの言っても出てこないじゃん……」

「食べたい物と、家にある食材が一致しないんだよ! 家にある食材くらい把握しろ! そして把握した上で作れるものを言え!」


 そう、こいつは動画を垂れ流して、ヨーチューバーが作る物を見て、ローストビーフ食べたい、昼はそれにしよう! とか言ってくるが、うちにブロック肉なんぞ無い!

 一緒に買い物へ行って食材選んでいるのに、ちっとも見ていない、わかっていない。

 卵がないって伝えていても、だし巻き卵食いたいとか。


「飯はお前の仕事だろ」

「んなわけあるかー! お前がやらないだけだー! 仕事ってんなら金寄越せ! うちは生活費折半だろ!!」

「分担してるだろ、俺は掃除してるしー」

「掃除してるだぁ? あんたは自分の部屋優先で、リビングと廊下は掃除機で撫でるだけ! 巾木(はばき)の上側に溜まったホコリ、クイットルワイパーで取ったことないだろー! 掃除は上からだって言ってんのに、床を掃除機撫でるだけじゃねーかー!! トイレ、排水溝、玄関、ベランダの掃除しないよね! 風呂掃除も浴槽しかしないよね! あんたが髭剃った日なんて、風呂の床、髭まみれなんだよ! シャワーで床を流す事すら出来ないのに、掃除してるって言うなー!!」


 つい、日頃の鬱憤も、ブチまけてしまった。

 けど、これも優しく優しく伝えていた事だ。それを笑って無視(スルー)した結果が、私の怒りとなっている。


「絶対に家事のアドバイス聞かないし、聞かないどころか、うるさい扱いするよね!」

「いや、だってお前細かいじゃん……。そんなのしなくても死ぬ訳じゃないんだから……」

「それなら、ご飯どうするって訊くなーー!! 死ぬ訳じゃないだろーーー!!」


 そう、こいつはめんどくさくなると「死ぬ訳じゃないし」と逃げをする。

 どうするか聞かなくても、死にはしない。なのに、こいつは毎度毎度訊いてくる。

 そして、今回のようにブチ切れないと、こっちの話をしっかり聞かないのだ。


「わかった、わかったよ。昼は簡単な素麺でいいから!」

「素麺が簡単って言うのは、食べる方だけだーー!!」


 そう、するするっと楽〜に食べることが出来る素麺。夏はこれだよね! って人も多いはず。

 素麺は茹で時間が短い。

 2〜3分で茹で上がるが、その後、水でシメるのだ。

 茹で時間だけと思っている目の前のボンクラ。何度も簡単じゃない、って言っても忘れやがる。


 我が家の素麺は、麺の上に具をいくつかのせる、冷やし中華スタイルである。

 ちなみにそれは夫の実家スタイルで、私の実家スタイルは麺とつゆだけである。薬味は冷蔵庫にあったら入れる。

 麺とつゆだけ出したら文句言うくせに、何が簡単に素麺でいいよだ。


「簡単だってなら、昼飯そうめん『で』良いから作りなよ!」


 そうめん『で』いいと言われたので、こちらも譲歩してやろう。そうめん『で』いいから作れよ。


「は、何言ってんだよ……素麺なんて茹でるだけじゃんか」

「お前の要望で、具までのせた素麺作ってただろー! 茹でるだけ? 今まで何を食ってたんだ、何を!」



 そして、夫が素麺を作ることになり、昼近くになって、お昼ご飯そろそろ食べるか。と台所に移動する。

 そして鍋に水を張り、火にかけたら、スマホをいじり出す。


「何してんの?」

「お湯沸くまで暇じゃん?」

「何言ってんの、ハムと卵とキュウリとトマト、冷蔵庫から出しなよ」


 夫は目を見開いて、こちらを見てきた。


「素麺茹でている間に、具を用意しきれる訳ないじゃん。あんたが、最低これくらいは欲しいって言ってた具だよ。お湯が沸くまでに切って作れるの?」


 素麺は具のリクエストをするくせに、作るのを手伝わず私に丸投げしてきたので、手順がまるでわかっていない。

 トマトとキュウリは洗ってから水気を拭き取って、トマトは賽の目切り、キュウリ・ハムは細切りだ。

 ひとつめの具、キュウリを切っている間にお湯が沸いた。

 お湯が沸いたので、夫は素麺の袋を取り出した。


「茹で時間2分だけど、2分の間に全部切れるの?」

「……無理」


 普段包丁を使わないから、細切りも時間が掛かっている。

 鍋の火を止めて、野菜とハムを切り終わったら、次は錦糸卵を作らせる。

 もちろん、卵だって味付けをしているのだ。

 出来たものは、炒り卵だった。


「……あんたがいっつも食べてる素麺の卵って、これだっけ? これで良いなら、私も次からそうするわ」


 錦糸卵じゃなきゃ食べない、とワガママを言った夫。

 自分で作らせたら、このザマだ。


 めんつゆはボトルに希釈割合が書いてあるけど、これじゃあ薄い・物足りないと文句を言ってきたので、白だしとごま油をプラスしている。

 それらも手は出さずに、チクチク言いながら手順を伝える。


 そして、茹で上がった素麺を水でシメさせる。


「夏場の水道水なんて、ぬるいんだから、氷入れてしめるんだよ」


 冷凍庫から氷を5個くらい取り出して、素麺のざるにつっこんだ。


「わっ、つめて! いたっ!」


 その冷たくて痛いのを丸っと任せていたんだよ、お前は!


「しめたあと、ザル振るだけじゃ、麺についた水でめんつゆ薄まるから、麺を搾って」

「このままでよくね?」

「よくない。私それやって、薄いって文句言われたんだから」


 無駄に注文つけた分、ぜんぶお返ししてやる!


 そして、そうめんが完成した。


「簡単にそうめん」

「……ではありませんでした。申し訳ございません」


 テーブルに素麺を運んできて、頂きますを言う前にチクリと嫌味をぶっ放す。

 夫は深く頭を下げた。


「食事終わった直後に「ご飯どうする」と、「ナントカ『で』いいよ」を次から言わないで。あと、ちゃんと話を聞いて」

「わかった……ごめん」

「あと、ご飯は食べたいものを作るのはイイけど、作る事が出来る物を、冷蔵庫の中身を考えて言って」

「すみません……」


 食べ終わった後、やはりいつもの味では無かったのか、満足していない顔の夫。

 2人で食器を下げて、台所に並ぶ。


「五徳を外して、ガス台に洗剤かけてから、キッチンペーパーで拭いて…………」


 素麺を茹でている時に、吹きこぼしたガス台を指差す。そして、その後の手順も説明する。

 夫がたまに料理をする時、ガス台は汚しっぱなしだし、調理器材は放置するのだ。

 五徳の果てまで洗って拭いてもらう。

 もちろん、食べ終わった食器類も洗ってもらう。


「ここまでやって、料理という家事なの。いつも私に任せてスマホで遊んでるあんたの後ろでは、ここまでやっているの。自分が1食だけ料理を作ったからって、1箇所掃除をしたからって、家事できる人ぶらないで」


 どんどん不満が溢れてくるけど、今まで言ってきた事でもある。

 初めて聞くような顔すんなし。


「あんたが今までサボって押し付けてきた分、開いた家事スキルの差、どうにかするつもりはあるの?」

「……家事を教えてください」

「文句言わないでね。死ぬわけじゃないとかぬかして、楽しようとしないでね」

「はい」


 珍しく反省ポーズだな……。


「これから1週間、冷蔵庫の中身を見てご飯を考えてみて」

「え、ちょっとそれは……いきなりは無理だって」

「出来る・出来ないで言えば、出来る事だよ。無理って決めつけないで。私やってきたんだから。やる気がないならそう言って」

「や、やるよ。お、教えてください」


 やっぱ、今まで家事から逃げてきたんだから、逃げる思考が真っ先に出てくるな……。

 こうやってキレたあとは、すっごくしおらしい態度なんだよね……。

 でも、そろそろ繰り返されるのは限界なんだ……。



 そうして2ヶ月後……。

 仕事帰りの電車の中で、スマホが震える。

 ゲームアプリで遊んでいたので、上から通知のバーが現れる。

 そこに出てきた文字――



――ごはん、どうする?



 メッセージ画面を開いて、私は返信する。





ごはんどうする?

今、スーパーに寄ったら、前に言ってたシリーズのパスタソースが安売りしてたよ!

それに鶏肉炒めたのをプラスして、パスタにする?

それとも、予定通り残りのご飯でチャーハンつくる?



マジで?!! 安売りなら買って買って!

パスタは明日にして、残り物のご飯から減らしていこう!



承知〜

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです!立て板に水の奥様の怒りっぷり。鬱憤が溜まってたんですね。 旦那さんがしおらしくなるのも無理からぬ話。ラストも良かったです。
[良い点] 仲の良い夫婦にお腹いっぱいです✨ 犬も食わないなんとやらですね、と思いながら読みました。本人は多分それどころじゃないと思ってるかもしれませんが…一緒にスーパーに買い物行ったり、日常でライン…
[良い点] もう、共感しか無い(苦笑) 私、離婚歴あるんですが、元ダンナがこのタイプでした。 共働きで、夜勤明けで死ぬ程疲れている時に「簡単なものでいいよ? 焼き魚と白あえくらいで」と宣われた時はマジ…
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