16 【消却】
屍のような生は苦しい。今まで満杯に満たされていた心が急に空っぽに干からびて渇きを訴えている。
悲しみを埋めるために壊し、壊し、壊し…。そんな毎日を続けているものだからあれから一ヶ月足らずで世界中から指名手配を受けた。
生きることで噛み締める果実はもうないのに、何故こんなにも無駄な感傷に浸ってしまうのか。月日はあの思い出だけを取り残して過ぎていく。
No.517と何気ない会話で満たされていた目印の長椅子も、ツタが絡まり老朽化している。初めは早めに切り上げて帰ろうとしていたのを必死で止められた。
あの時は鬱陶しくて堪らなかったのに、いざいなくなれば恋しく思うなんて…。今俺を必死で追いかけるのはヒーローぐらいだ。
市民を、仲間を、家族を俺に殺されたヒーロー達が血なまこになって俺を探して首を狙っている。俺が人を殺せば<悪>なのに、ヒーローが俺を殺せば<善>になるなんて、嫌われ者にもほどがある。
こんな俺をあんな眩しい眼差しで見据えてくれたのは、【家族】とNo.517だけだった。今も相変わらず自由なはずなのに、どうしてこんなに息苦しいんだろうか…。
たまに外で自由にできる時間には建物の上から会社員や学校に行く子供達を見ている。そらぞれが思い思いに生きていて、幸せそうに笑っている。裏とはまるで違う、光の世界を…。
その中にNo.517を投影しては、ふっと口許が緩んでしまう。これに関しては自分でも気色悪いと思う。
ただもしNo.517に違う生き方があったのなら、俺があの時駄々を捏ねなければ、もっと幸せな暮らしがあったんじゃないかと、頭を遮るだけだ。
録に墓も立てられないのに、毎年No.517の命日にはあの長いすにもたれかかって一日を消費している。No.517の仕草、表情、言葉を全て、忘れないようにするために…。
俺が最も恐れそれと同時に乞い願うのは…、No.517の【消却】だった。