どんなに天才と呼ばれても
俺は天才と呼ばれている。
俺が脚本を書いた映画は軒並みヒット。顔出しは一切していないに関わらず、『花井康二』の名前は多くの人に知られている。
顔を出さないのは決して二目と見られぬブ男だからではない。一市民として平和に暮らしたいからに過ぎない。ネット民どもが俺のブ男ぶりを妄想し、よく話題にしてくれるが、それも俺の名を広めることに役立ってくれている。
俺が脚本を担当した『魚魚魚姫』のヒットを祝して開かれたパーティーで、女優の古垣亜衣が話しかけてきてくれた。
「今回もヒット、おめでとうございます。花井先生」
彼女とはよく一緒に仕事をしているので顔馴染だ。
しかし俺だけじゃない。
彼女が愛想よく話しかける脚本家などいくらでもいる。俺は天才だが、彼女にとって特別な存在ではないのだ。
その証拠に俺と三言だけ言葉を交わすと、向こうへ行ってしまった。
この映画には関わっていないくせに、同業の須藤九官鳥がパーティーに出席していた。古垣亜衣はヤツに近づくと、気さくに挨拶を交わし、何やらとても親しげに会話を始めた。
須藤は脚本だけでなく監督も務め、新作を発表するたびにヒットを飛ばしている、いわば俺のライバルだ。表向き親交は交わしているが、正直俺はヤツの才能を認めていない。
ヤツがこっちへ来た。映画の成功を褒めてくれ、俺の才能を讃えてくれる。しかし俺は知っている。口だけなのだ。
ヤツはSNSに、このパーティーのことを書かないだろう。俺の脚本作品についてコイツがTVで話題にしたことなども一度もないのだ。
家に帰り、ベッドに寝転ぶと、虚しくなった。
この歳で独り身なのは結構辛い。なぜ俺は、結婚しても、すぐに離婚を重ねてしまうのだろう。
虚しい。どんなに天才と呼ばれようが、俺より上の天才などいくらでもいる。いやむしろ、俺はほんとうに天才なのだろうか?
俺が脚本を書いた映画はすべて数年経てば『ああ、あったねぇ』と笑い飛ばされる。それに対して須藤九官鳥の作品は、いまだに話題に上がるものがいくつかある。そんな須藤の才能を俺は認めていなかった。
もしかして、須藤こそが真の天才で、それをわからない俺は、大したことがないんじゃないのか?
違う! 俺こそが天才だ! 世界に天才は俺しかいてはいけないのだ!
みんなに俺だけを見てほしい! 俺はたまらず跳ね起きると、ドアノブにロープを結んだ。
自殺すれば、伝説になれるんだ。
きっと誰もが俺だけを見てくれるだろう。