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ライラックのティーパーティー②

 エルンストのきりっとしていた目元が、ヴァレンティナの一言で戸惑いに揺れる。


「もしも、私の我が儘を許して頂けるなら……」

「何でも許すわ。お願い、言って」


 あれほど水分を補給したのに、ヴァレンティナは緊張で喉が乾く感じがした。エルンストは紳士的で、親切で、真面目な人だった。長く傍にいて、ヴァレンティナの良いところも悪いところも知っている。そんなエルンストが自分を欲してくれるのなら、きっと素晴らしい結婚生活が送れるだろう。きらめく愛の予感に、ヴァレンティナの鼓動が早くなる。遠い昔に失った、幸せな家庭を再び築き上げたかった。


「ほかの誰かと結婚しないで下さい」


 だが、エルンストの発言は期待外れだった。迷いに迷って、絞り出されたような声だった。ヴァレンティナはあまりに予想が外れ、何の反応も示せない。


「陛下がファビアン卿と婚約している半年間、とてもつらかったです」

「そう」


 落ち込みそうな感情を封じ込め、ヴァレンティナは冷静に分析を始めた。


 悲しく、切なげに訴えたエルンストだったが、言った後で怯えているようだ。自分の発言がこの場に相応しくなかったのではという、後悔と恐れ。


 一方でヴァレンティナの心に今浮かんで来るものは、諦めと許しだった。昔から、エルンストに対しては本気で怒る気になれない。何でも許すというのは、本心だった。


「いいわ」


 ヴァレンティナはふっと笑って言う。


「申し訳ございません、いい、とは?」

「私は誰とも結婚しないわ。そうしたら、私たちお互い生涯独身ね」

「あっ、いえそんなことを言いたかった訳では」


 ひどく狼狽えるエルンストだが、どうにか立て直そうとしていた。


「陛下のお立場でそれは問題があります。陛下は氷の妖精と王の血を継ぐ方です。ですので……」

「いいのよ。叔父の大公がいるし、大公夫妻のところに従兄や従妹もいるもの。彼らが後継者問題を解決してくれるわ」


 ミアラ王家の継承順位は直系長子優先なだけであり、男女どちらでも構わない。最も尊ばれているのは妖精の能力だ。


 覚醒遺伝のように妖精の力が強く生まれたヴァレンティナほどではないが、いとこらは無事に恋に落ち、結婚をしている。ヴァレンティナはもうどれだけ周囲からせっつかれても無視しようと決めた。それでも問題なくこの血統は維持されていくだろう。


(エルでさえ、私に女王であること以外を望んでいないのね。みんな妖精の血筋のことばかり。誰も私自身を欲していないのだわ)


 ◆◆◆


 夕方に軽く書類仕事を片付け、ヴァレンティナは私室へと下がった。昼に飲み過ぎたのか、頭がいまいち冴えない。湯浴みを済ませて早く眠ろうとしていた。そこに侍女スザンヌが、銀のトレイに手紙を載せて来た。女王ヴァレンティナへの公用の手紙ではなく、私的な手紙だけがここにたどり着く。


 ヴァレンティナに『友人』と呼べる人はいないが、名家から来た侍女たちとは良好な関係を築いていた。産休を取っている侍女からかと期待したヴァレンティナだったが、手紙の封蝋に捺された紋章を見て眉をひそめた。ブルーベルの花の紋章は、ファビアンが私的な手紙に使うものだ。


「ファビアンがどうして未だに手紙を送ってくるの」


 手紙を運んだスザンヌが知る由もないのに、つい問いてしまう。


「私もそう思います。読んでも不快になられるだけでしょう。よろしければ代わりに読んで、かいつまんだ内容をお伝えしましょうか?」

「ええ、お願い」


 スザンヌはバリッと豪快に封を開け、便箋に目を走らせた。その表情が、臭いものでも嗅いだかのように険しくなる。


「図々しくも復縁を迫っていますね」

「燃やしてちょうだい」


 言われた通り、スザンヌは手紙を暖炉に投げ入れた。時期的に火がついていないが、燭台の火を持ってきて燃やす。


「フォンサール公爵様に、ファビアン卿の管理をきつくするよう命じた方がよろしいのでは?」

「ファビアンもかわいそうな人なのよ」


 少しは叱られるべきとは思っていたが、具体的な罰をヴァレンティナは望まなかった。ヴァレンティナとの婚約以前は、貴族院議会で選抜されただけあって品行方正だったという。それだけ女王との婚約で何かが弾けてしまったのだろう。


「ねえスザンヌ、私がもしも男であって、王だとして」

「はい」

「あなたに求婚したら、嬉しいより荷が重いという感じかしら?」


 スザンヌは侯爵家の令嬢だ。ヴァレンティナが男であれば、あり得ない話ではなかった。そのため、スザンヌは想像だけで興奮したようだった。髪をいじり、頬を紅潮させる。


「そうですね、すごく嬉しいですけどすぐにはお返事できないかもしれないです……」

「やっぱりそう?」

「荷が重いというのではなく、私なんかに陛下のお相手が務まるのかしらって悩んじゃって。でも陛下がもし男性だったら、すごく美男子ですよね、このチャンスを逃したら一生後悔しそうだから、謹んでお受けします!」


 仮定の話だというのに、夢中になっているスザンヌはかわいらしいものだった。このくらいのかわいさが自分にもあれば、とヴァレンティナは思う。


「ありがとう。その気持ちが嬉しいわ」

「私も、しばらくこのお話を考えるだけで幸せになれます」


 その後スザンヌに入浴を手伝ってもらいながら、ヴァレンティナまでつい想像が進んだ。スザンヌに肌を見られることに抵抗はない。幼い頃から、多くの侍女に世話を焼かれてきた。


 スザンヌに触れられても胸を焦がすようなときめきはないものの、きっと楽しく過ごせるだろう。


 傷心のヴァレンティナは、最早誰に対してもそんなことばかり考えてしまうのだった。

 すっかり湯上がりの手入れまでしてもらい、ヴァレンティナはベッドに横になった。


「では、ごゆっくりお休み下さいませ」

「ええ、お休みなさい」


 明かりををひとつだけ残し、スザンヌは扉を閉めた。ひとりになった暗く静かな部屋で、たくさんある枕のうちのひとつを抱きしめる。本当はぬいぐるみでもあればいいのだが、即位と共に卒業をした。女王がぬいぐるみに頼る訳にはいかないからだ。


 今夜は特にさびしく、ヴァレンティナはベッドサイドに氷の彫像を作り出す。亡くなった母、それから幼い頃に亡くしたので記憶も朧げな父を、肖像画を元にその場に立たせた。


「どうして私を置いていってしまったの」


 父を病で、母を事故で亡くして就いた女王の座は、孤独を伴った。人々に敬われ、国を盛り立てていても、どこかに虚しさが募る。


 暗闇に堕ちていくように眠りにつくとき、傍に誰かいてくれたらと願っていた。

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