4 その時美鈴が動いた
俺の隣の席で、無言で立ち上がり、黒板の前で勝ち誇った笑みを浮かべる玉木を睨みつける人物が居た。
美鈴である。
そういえば、美鈴も実は彩咲綾音のファンだったよな。
しかも超が付くほどに。
この前のパーティーで彩咲綾音がサプライズで登場した時なんか、ありえないくらいテンションが上がってはしゃいでたもんな。
あんなに楽しそうな美鈴は初めて見た。
それだけの大ファンなんだから、美鈴としてもこの議論には一言物申したいんだろう。
そしてその時歴史が、いや、美鈴が動いた。
美鈴はゆっくりと、しかし一歩一歩力強い足取りで玉木達の元に歩み寄り、
そして反対派の男子達を押しのけ、玉木の正面に立ちはだかった。
「な、何だよ河合(美鈴の名字)?まさかお前も綾音ちゃんの事で何か言いたい事があるのか?」
玉木がたじろぎながらそう言うと、美鈴は大砲をぶっ放すような勢いでこう叫んだ。
「綾音ちゃんは、今の方がいいに決まってるじゃないの!」
そのあまりの迫力と声のでかさに、正面の玉木達だけでなく、
美鈴の背後に居た反対派の男子達もひっくり返った。
そして今の一撃でさっきの勢いをすっかりそがれてしまった玉木は、グダグダの口調で言い返す。
「な、何でだよ?デビュー当時の方が断然よかっただろ?
あのままの路線で行けば、綾音ちゃんは今頃日本の、いや、世界の頂点に立つようなトップアイドルになれていたのに」
その玉木にマシンガンを撃ち込むかの如く、美鈴は両手を腰に当てて言葉を続ける。
「日本だろうが世界だろうが、トップアイドルになる事なんかどうでもいいの!
今の綾音ちゃんの歌の方が凄く心に響くし、自分が辛い時にどれだけ勇気づけられたか数えきれないもの!」
美鈴がそう言うと、それを聞いていた他の女子達も頷きながら言葉を続ける。
「確かに彩咲綾音って、最初の頃は我が道をひたすら突っ走るって感じでとっつきにくかったけど、
最近は丸くなったっていうか、親しみやすい感じだもんねぇ」
「女子のファンも増えてるらしいしね」
「やっぱり最近の綾音ちゃんの方がいいんじゃない?」
こうなってくると女子の団結力は恐ろしく、
あっという間にクラスの女子のほとんどが、美鈴の味方についた。
一方敗色濃厚になった玉木達はすっかり戦意を失ったようで、
何かを言い返そうにも、それ以上言葉が出ない様子だった。
するとそこに教室の引き戸を開けて、このクラスの担任である鏡左京先生が入って来て言った。