3 彩咲綾音、討論会
「ところで、玉木達は朝から何を騒いでるんだ?随分熱心に議論してるみたいだけど」
すると横溝流衣は呆れた様子で頭をポリポリとかき、玉木達の方を見やりながら言った。
「ああ、何かあいつらが好きなアイドルが、デビュー直後の方がよかっただの、最近の方がいいだのでモメてるみたいよ。ま、かなりどうでもいい話よ」
「へぇ、アイドルねぇ」
と気のない返事をして俺も玉木達の方に視線を移す。
見ると玉木サイドの五人の男子と、反対派らしき五人の男子が二手に分かれて向かい合い、
今にも取っ組み合いの喧嘩でも始めそうな雰囲気で睨みあっている。
確か玉木の好きなアイドルって、この前のパーティーにも来てた彩咲綾音だったよな?
ちなみに俺はそのパーティーで彩咲綾音とダンスを踊ったりしちゃったんだけど、その事はあいつらには言わない方がいいな。
言えば恨みと妬みでどんな目にあわされるか分かったもんじゃない。
それにしても彩咲綾音がデビューしてから何年経つのかは知らないけど、
デビュー直後と最近でそんなに雰囲気が変わったんだろうか?
まあ、横溝流衣と同じで、かなりどうでもいい話だけど。
とか思いながら眺めていると、玉木が反対派の男子共に向かい、
まるで将来の日本を語る維新派の志士のような熱い口調で、口角泡を飛ばした。
「だぁかぁらぁ!綾音ちゃんはデビュー当時の方が断然よかったよ!
もちろん最近の綾音ちゃんだって最高にキュートでエンジェルなマイスウィートハニィだけど、
デビュー当時の綾音ちゃんはまさに神がかり的な存在だったんだよ!
あの歌も!踊りも!笑顔も!声も!
全てが神がかり的で、可愛いなんて言葉ではとても表現しきれない程に可愛かったんだよ!」
すると反対派の男子の一人が、玉木の迫力に気圧されながらもこう返す。
「そ、そりゃそうだけど、最近の綾音ちゃんだって十分に可愛いだろ!
それに芸能界で活動しているのにスレるどころか逆に素朴な感じが出てきて、
よりファンの手の届くような存在になってるじゃないか!」
しかし玉木はその反論をねじふせるように更に声を荒げた。
「それじゃあ最近の他のアイドルと一緒だろうが!
アイドルってのはそもそも手の届かない存在っていうのがいいんだよ!
誰も手の届かないような可愛さと、
他の誰にも真似できないような歌声が、
俺達の乾いた心を本当に癒してくれるんだ!
最近の綾音ちゃんは、そりゃあ事務所の戦略もあるんだろうけど、
ファンにコビてるっていうか、以前みたいな近付きがたいようなオーラはないし、
その辺の女の子をちょっと可愛くしたような感じになって、
他のアイドルと似たり寄ったりになっちゃってるんだよなぁ。
もっとデビュー当時みたいな、突き抜けた存在感というか、
アイドルの中のアイドルである彩咲綾音に戻って欲しいんだよ!
そうだろお前ら!」
そう言って玉木が背後に控える仲間達に呼び掛けると、
その仲間達も「そうだそうだ!」と熱く答える。
それに対して反対派の男子達は完全に腰砕けになり、それ以上言い返す事ができなくなった。
う~む、どうでもいい。
が、彩咲綾音はデビュー当時と最近じゃあそんなに変わったんだなぁ。
確かにこの前パーティーで会った時も、
俺みたいな何の取り柄もないような男にも気楽に声をかけてくれたし、
自分がアイドルだっていうのをハナにかけてる様子は全然なかったし、
そういう意味では凄くファンに身近な存在ではあるよな。
だけどデビュー当時の神々しいまでの存在感がなくなったというのが、
玉木みたいなデビュー当時からのファンは物足りないのかもしれない。
まあ、どうでもいいんだけど。
と、その時だった。




