1 美鈴、スカウトされる
「このたびは本当に、色々な面でお世話になりました」
翌朝、再び仕事で東京に戻る事になった春香さんは、
見送る為に玄関に出た俺達沢凪荘の面々に、深深と頭を下げた。
それに対し、俺は両手をブンブン横に振ってこう返す。
「そんな、俺達はちょっとばかりお手伝いをさせてもらっただけだから、気にする事はないですよ」
「ですが沢凪荘の皆さんが居なければ、昨日のライブを成功させる事は無理でした。
本当にありがとうございます」
春香さんはそう言って頭を上げると、正面に立つ由乃さんに向かって言った。
「由乃、あなたはこれからこの沢凪荘の住人として、色々な経験を積みなさい。
そして自分自身の力でステージに上がれるくらい成長できたら、また迎えに来るわ」
そう言われた由乃さんは、少し不安そうながらも、しかしハッキリとした口調で言った。
「うん。私、自分の力でステージに上がれるように頑張る。それまで、待っててね」
そしてヒシと抱き合う二人。
その姿に涙を誘われたのか、矢代先輩や美鈴は目元をぬぐっている。
すると春香さんはそんな美鈴の方を向き、ニヤリと笑ってこう言った。
「それにしても、昨日の美鈴さんのステージも本当にお見事でした。
あんなに短時間で彩咲綾音の歌と踊りを完全にマスターするなんて、並大抵の事ではありませんよ。
よかったらウチの事務所から、アイドルとしてデビューしませんか?
美鈴さんならきっと、彩咲綾音に負けない人気者になれると思いますよ?」
そう言われた美鈴は顔を真っ赤にし、首を目一杯横に振って言った。
「そ、そんな、私はアイドルなんて絶対無理です!
というか正直、春香さんに催眠術をかけられた後の事はよく覚えてなくて、
何か、凄く楽しかったような、嬉しかったような、
幸せな気持ちだったというのは、覚えているんですけど・・・・・・」
そして地面に視線を落とす美鈴。
よかった、どうやら昨日の事はほとんど覚えていないようだ。
うん、それでいい。
昨日の事は、永遠にブラックボックスに閉じ込めておくのが一番だ。
俺は心からそう思ったが、その隣に立つ沙穂さんと矢代先輩はそうは思っていなかったようだ。
まず沙穂さんが、これでもかというくらいニヤニヤしながら言った。
「あらぁ、昨日の事を覚えていないなんてもったいないわぁ。
昨日の美鈴ちゃんは、あんなに素敵だったのに♡」
そして矢代先輩も同じようにいたずらっぽい笑みを浮かべてこう続ける。
「ホンマやで、昨日の美鈴ちゃんは、これまでの人生で一番輝いてたで?
お兄ちゃんもメロメロになってたもん。な?お兄ちゃん?」
「うぇ?ま、まぁ、よかったと、思いますよ?」
いきなり話を振られた俺は、そう返すのが精一杯だった。
そんな俺を、美鈴は照れているのか、怒っているのか、よく分からない表情で眺めている。
その美鈴の隣に歩み寄った沙穂さんが、自分のスマホを取り出して言った。
「実は昨日の美鈴ちゃんを撮影していたのよ。ちょっと見てみない?」
「えぇっ?い、いいですよそんなっ。恥ずかしいですよ!」
美鈴はそう言って思いっきり首を横に振ったが、
美鈴の周りに集まった矢代先輩と由乃さんと春香さんは、興味津津の顔ではやし立てる。
「ええやないのぉ、花吹ベルちゃんに変身してたみっちゃんを、もういっぺん見てみたい!」と矢代先輩。
「わ、私も、昨日の事はおぼろげにしか覚えていないので、もう一度見てみたいですっ」と由乃さん。
「昨日の美鈴さんがどれだけ素晴らしかったか、自分の目でご覧になるといいですよ」と春香さん。
周りをグルリと囲まれてそう言われ、美鈴は恥ずかしそうにしながらも、
恐る恐る沙穂さんの持つスマホの画面を見据える。
そして沙穂さんはスマホの画面を操作して、そこに記録されたであろう昨日のライブの映像が再生された。
ちなみに俺はその輪の中に加わっていないので映像は見えないけど、音声はよく聞こえた。
ちなみにそこから聞こえて来たのは、次のようなものだった。




