12 ライブの後の、アトカタヅケ
宴は終わった。
会場に詰め掛けたファンは、彩咲綾音との別れを惜しみながら会場を後にし、
その全てのファンと握手をし、言葉を交わした彩咲綾音は、その余韻を味わうように、
目を閉じてステージの上に一人残っている。
そんな中俺達ファミレスニューハーフのスタッフは、会場の片付けに追われていた。
沙穂さんと矢代先輩もその場に残り、後片付けの手伝いをしてくれている。
そして同じように片づけの手伝いをしてくれている春香さんが、俺に声をかけてきた。
「今日は、本当にありがとうございました。
このようなライブを開催できたのは、偏に稲橋さんの協力のおかげです。
この感謝の気持ちは、言葉だけでは到底言い現せるものではありません」
「でぇえっ⁉俺はそんな大した事はしてませんよ!
会場を貸し出してくれたのはここの店長だし、
ステージの衣装を作ってくれたのは美鈴の友達だし、
それに何より、この会場を一杯にするほどのファンを集めたのは、
他ならない彩咲綾音さん自身じゃないですか。
それに比べたら、俺のした事なんてほんの小さな事でしかありませんよ」
「ですが、その小さな手助けが、今回の成功の大きな要因なのです。
時計で言うなら稲橋さんは、あってもなくても分からないような小さな部品。
食物連鎖で言うなら、そこに居るのかどうかも分からないミジンコのような存在なんです!」
「何か貶されているようにしか聞こえないんですけど⁉」
「安心してください、ほめてます」
「もっと分かりやすくほめて欲しいです」
等というやりとりをしながら、俺はまだある事が気がかりだった。
そう、由乃さんの母親だ。
結局あの人はライブの間、この会場には姿を現さなかった。
今日この場所でライブをするという事はあの人にも伝えていたので、
東京に帰っていなければ、またここに来る可能性もあると思っていたんだけど、
そうはいかなかったか・・・・・・
と、思った、その時だった。
「由乃!」
という声とともに、一通り片づけの終わった店内に現れた人物が居た。
由乃さんの母親だった。




