11 花吹ベル、躍動する
その最初のフレーズで、美鈴、いや、花吹ベルは、会場のファンの心をたちどころに魅了してしまった。
その歌声は彩咲綾音に劣らないほどに明るく元気で、聞く者の心をはずませずにはいられない。
そして彩咲綾音と完全にシンクロしたダンスは、見る者を立ち上がらせ、
踊りのルツボに巻き込まずにはおかなかった。
な、なんなんだあいつは⁉
彩咲綾音の歌とダンスを完璧にコピーしているどころか、それを完全に自分のものにしてるじゃねぇか⁉
春香さんの催眠術にかかっているとはいえ、あいつにはこんな才能が隠されていたのか⁉
いや、むしろこれがあいつの本当の姿なのか⁉
フロアの中央に居る玉木も花吹ベルの虜になったようで、彩咲綾音のうちわを振り回しながら、
「うぉおおおっ!ベルちゃあああん!」
と声援を送っている。どうやら玉木のやつは、花吹ベルの正体には気づいていないようだ。
そんな中、光るペンライトを両手に持った矢代先輩と沙穂さんが俺を見つけて歩み寄って来て、
興奮した様子で口を開いた。
「なぁ、あの花吹ベルって子、実はみっちゃんやろ⁉すっごいなぁ!まるで妖精さんや!」
「ホントよね!元々キレイな顔立ちをしてたけど、あそこまで変身しちゃうなんて私もびっくりよ!」
普段一緒に暮らしているせいか、どうやらこの二人は花吹ベルの正体に気付いているようだ。
そんな二人の言葉に俺はうなずき、ステージの彩咲綾音と花吹ベルに声援を送った。
そして一時間に及ぶライブはあっという間に終わり、
花吹ベルはまるでその存在が幻だったかのごとく舞台袖に消えて行き、
一人ステージに残った彩咲綾音が、最後の挨拶をした。
「みなさん、今日は来てくれて本当にありがとう。
今日という日を大好きなみんなと一緒に過ごせて、私は本当に幸せです。
そして私は少しの間、お休みします。
本当の自分と正面から向き合って、もっともっと成長する為に。
それができた時、私はまた、みんなの前に戻って来ます。
それまでの間、私の事を忘れずに、待っていて、くれますか?」
彩咲綾音がそう問いかけると、会場のファンは声を合わせて
「もちろん!」
と叫び、それを聞いた彩咲綾音はポカポカ陽気のお日様のような笑顔を浮かべ、
「ありがとう!みんな、本当に、本当にありがとう!」
と声を上げてお辞儀をした。
そして彩咲綾音の一夜限りの復活ライブは、
大盛況の中で幕を閉じたのだった。




